G.F.ヘンデル オラトリオ「メサイア」

指揮クラウディオ・シモーネ
出演ソプラノ:パトリシア・シューマン
アルト :ルチア・ヴァレンティーニ・テラーニ
テナー :ブルース・フォード
バス  :グィヌ・ホーウェル
演奏イ・ソリスティ・ヴェネティ
アンブロシアン・シンガーズ
録音1989年6月23〜30日
発売ARTS MUSIC GMBH
CD番号47105-2


このCDを聴いた感想です。


 メサイアの演奏を聴いていて、歌が邪魔になったのは初めてです。

 いきなり問題発言をしてしまいましたが、これは決してソロや合唱が下手という意味ではありません。
 いや、ソリストも合唱団も、モンテヴェルディ合唱団やイングリッシュコンサート合唱団には及ばないとしても平均水準を遥かに超えており、本来は全く文句が出ないレベルです。
 では、なぜ歌が邪魔に感じたかと言えば、それ以上にバックのオーケストラが素晴らしい出来なのです。

 わたしも今まで聴いたメサイアの中には、合唱がずば抜けて上手い演奏(ピノック:イングリッシュコンサート)や、歌のソリストがずば抜けて上手い演奏(ホグウッド:エンシェント室内管)や、楽器のソリストがずば抜けて上手い演奏(リヒター:ミュンヘン・バッハ管)や、全体的に上手い演奏(ガーディナー:イギリス・バロック管)というのはありましたが、オーケストラ、その中でも特に弦楽器に圧倒された演奏というのは初めてでした。
 あまりにもオーケストラが素晴らしすぎるので、途中で歌が入ってくると、「もっとオーケストラを聴いていたいのに!」という気になり、挙句の果てに「歌が無ければなぁ」と思うようになってしまうのです。
 わたしは、これまでメサイアという曲は、あくまでも合唱を中心に捉えていまして、申し訳ないのですがバックのオーケストラは半分おまけ程度に考えていました。しかし、この演奏を聴いてその考えは大きく覆されることとなりました。

 オーケストラの上手さの中でも、特筆しておきたいのが、同じ音を細かい音符でダダダダダと弾いていく、いわゆる『トレモロ』とか『刻み』呼ばれる演奏方法です。
 第5曲のアルトのソロである「But who may abide the day」に一番特長が出ていまして、この部分のトレモロは、これ以上は無いというくらい短く針のように鋭い音です。あまりにも鋭いため逆に全く重さを感じさせません。まるで水の上を高速で走っているため沈むよりも早く前に進んでいき、そのため全くぬれずに水面を移動しているかのようです。
 さらに、このオーケストラの上手さはトレモロだけではありません。
 メサイアはバロック時代の曲なので、古典派以降の曲と違って強弱記号があまり細かく指定されていません。
 そのためこの演奏では、かなり自由にフォルテとピアノをつけているのですが、このコントラストがまたピタッとはまっています。
 特に急にピアノに落とす時の処理は見事で、ピアノに落ちても音楽性は全く損なわれることが無く、むしろハッと息を呑むほどの緊張感があります。

 また、この演奏の大きな特徴の一つに通奏低音に大きくアドリブを加えている点があります。
 基本は他の演奏と同じようにチェンバロによる通奏低音なのですが、メンゲルベルクのマタイ受難曲のように楽譜上は普通の和音をアルペジオのような分散和音に変えたり、そもそも楽譜に全く無い音符を加えたりしています。
 これは第12曲の「For unto us a Child born」の冒頭や第17曲の「Glory to God in the highest」の最後に効果的に使われていて、聞き慣れたこの曲がまるで新たに生まれ変わったかのような新鮮さが感じられます。
 さらに、先ほど基本はチェンバロと書きましたが、実は部分的にオルガンも使われています。
 レチタティーボの最後や、第15曲の天使の言葉のような厳粛な雰囲気を出したい部分に使われているのですが、こんな風にチェンバロとオルガンを混ぜて使うことは、おそらく学術的には正しくは無いでしょう。
 しかし、そんなことが全く気にならないくらい、極めて効果的です。
 まるでその場所が始めからそう指定してあったかのように自然に響き、なおかつ鮮烈な印象を与えるのです。
 わたしは、こういう発想は大変素晴らしいことだと思います。

 いろいろ感心する点が多い演奏ですが、部分的には気になる点もあります。
 この演奏はとても精緻なのですが、その代わり迫力が出難くなっています。
 特に「ハレルヤコーラス」や「アーメンコーラス」のようなフル編成の曲の場合、あまりにも精緻なのでまるで小編成のアンサンブルのように聞こえ、スケールが小さいように思えてくるのです。

 オーケストラのイ・ソリスティ・ヴェネティは日本ではヴェネツィア合奏団と訳されていたこともある1959年の創立の結構歴史のあるオーケストラで、指揮者のクラウディオ・シモーネはその創立者なのですが、恥ずかしいことに今回初めて存在を知りました。
 ただ、この演奏を聴いて実力の高さが良く分かったので、ぜひ他の曲も探してみようと考えています。(2001/8/10)


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