G.F.ヘンデル オラトリオ「メサイア」

指揮リチャード・ボニング
出演ソプラノ:ジョーン・サザーランド
アルト :ユゲット・トゥランジョー
テナー :ヴェルナー・クレン
バス  :トム・クラウゼ
ボーイソプラノ:デルモット・コールマン
演奏イギリス室内管弦楽団
ザ・アンブロシアン・シンガーズ
録音1970年10月
発売DECCA
CD番号467 737-2


このCDを聴いた感想です。


 フリルがいっぱい、夢いっぱい。
 まるでフランス人形のように、演奏の端々に過剰なほど細かい装飾が施されています。
 指揮のボニングは、バレエ音楽の指揮者として名盤を残してはいるものの、時としてサザーランドの夫という方が通りが良かったりしますが、実は、技巧的な装飾がついた歌唱法であるベルカントの専門家として有名なのだそうで、このメサイアの演奏に楽譜に無いさまざまな装飾が施されているのもそれを反映してのことではないかと思います。
 装飾とはどういうものかというと、まず最も多く登場するのがトリルです。
 原曲にもトリルの指定がある部分も何箇所かありますが、この演奏のトリルの数は、原曲の2倍や3倍程度ではありません。フレーズで2分音符以上の長い音符が出てくると、3回に1回はトリルが付いているのではないでしょうか。合唱やソロなどの歌が登場する曲では、歌にトリルが入っていないからといって安心できません。実は伴奏の方にトリルが入っていたり、そのまた逆があったりと、あらゆる隙を狙ってトリルが忍び込んできます。
 どれぐらい頻繁に入っているかというと、例えば、第23曲に「All we like sheep」という曲がありますが、sheepの部分である一番下に下がった音には、下がるごとに必ずトリルが入ってきます。しかも楽器のバランスでオーボエが妙に強く出ているため、このトリルがかなり目立っているのです。もう、聞いた印象としては、ほとんどトリルだらけの曲になっています。
 さらに、装飾はトリルだけに限りません。
 オペラのアリアにあるようなカデンツァも頻繁に登場します。
 既に第2曲の「Comfort ye」から全開です。第一声である「Comfort ye」からいきなりテンポ無視で、たっぷりと装飾をつけて長々と歌いこまれます。これが同じ「Comfort ye」の歌詞の部分でも第8小節であれば、楽譜にもad libitumと指示してありますからまだわかります。しかし最初に登場する部分(第4小節)にはそんな指示なんてどこにもありません。おまけに歌の装飾に引き続いてヴァイオリン・ソロがまるでヴィヴァルディの四季の春のようにトリルのたっぷりと入ったカデンツァを演奏しています。もちろんそんなソロは楽譜のどこにもありません。わたしは初めて聴いた瞬間、別の曲に飛んでしまったのかと思ったくらいです。
 また、それぞれの曲の最後も、ただ音を伸ばすのではなく、ゴチャゴチャと装飾が施されていることも多く、まるで名残を惜しむかのように長々と引っ張っています。
 いろいろ変わった点の多い演奏ですが、その中でも、最も驚かされたのが第43曲の「The trumpet shall sound」です。
 フレーズの端々に細かくトリルが入っていること自体は、ここまで聴いていていいかげん慣れていたので、それはもう驚きません。この曲は3部形式になっていて、その主部の最後の方にフェルマータで音を伸ばした後、アダージョの部分が入る、これは楽譜に指定があるちょっとしたカンデツァらしきところがあります。この演奏では、1回目の中間部に入る前のこの部分はそれほど変わっていませんが、一度ダル・セーニョした後の2回目のこの部分、つまり曲が終わる直前のカデンツァでは、フェルマータの部分でバスが予想通りのカデンツァをたっぷり歌った後、なんとトランペットがファンファーレを演奏しているのです。さすがにこれは予想をはるかに超えていました。もちろん他の演奏でそんなことをしているものは一つもありません。もしメサイア変り種演奏ランキングというものがあれば、間違いなくノミネートされたことでしょう。
 装飾ばかりが目立つこの演奏ですが、実は装飾以外のベースの部分は意外としっかりとしています。
 現代楽器らしく少し厚めの響きながら、重くは無く、むしろテンポに良く乗っていて、キビキビと動きます。
 装飾が受け入れられるか受け入れられないかで評価が決まる演奏ですが、動きの良さもあって、わたし自身はこの演奏を結構気に入っています。(2008/4/12)


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