G.F.ヘンデル 第2曲「わが民を慰めよ」(Comfore ye)
〜オラトリオ「メサイア」より〜

吹奏楽伴奏版

指揮不明
独唱ソプラノ:Perceval Allen
コントラルト:Elizabeth Dews
テナー:John Harrison
バス:Charles Knowles
演奏クイーンズホール管弦楽団員
録音1906年
発売KOCH(HMV)
CD番号3-7703-2Y6x2


このCDを聴いた感想です。


 最初にお断りを入れておきますが、この演奏は、研究者、あるいはわたしのようなキワモノ好きかつ古い音でもそれほど気にしない人向けの録音であり、まっとうな方は決して手を出されないほうが賢明でしょう。あまりの雑音の多さにげんなりするでしょうし、もしそれをなんとか我慢して聴き抜いたとしても、その苦労に見合うだけの満足が得られるかはかなり怪しいのではないかと。
 その最大の原因は、もちろん録音の悪さにあります。やっぱり20世紀に入ってまだ間もない1906年の録音にそれほど多くを期待してはいけませんね。
 独唱はまだだいぶまともに聞こえますが、伴奏はもうほとんどアウトです。CDについていたリーフレットを読むと、モーツァルト版を下敷きにして吹奏楽版に編曲したものらしいのですが、それを読んで初めて「あ、この伴奏って吹奏楽だったんだ」とわかったぐらいでして。音を聴いて、なんとなく金管と木管が活躍しているな、というのは聞き取れましたが、弦楽器が加わっているかどうかはどうにも判別できませんでした。いや、わたしも弦楽器が入ってないかもとは思ったのですが、あちこちに管楽器ではあまり使わないポルタメントが入っていたため、それは弦楽器が演奏しているのかなと推測したのです。
 音の聞き分けも、三つぐらいが関の山です。それ以上は「一、二、三、たくさん」の世界で、ほとんど何かいろいろの音が混じっている一つの塊程度にしか聞こえません。
 まあ、それでも、以前、同じCDに収録されている1899年の感想でも書きましたが、その1899年の録音に引き続いて聞くと、とんでもなく鮮明な録音に聞こえます。なにしろ雑音よりも楽音の方が大きく聞こえますし、伴奏も二つの音が同時に聞き取れますし、なにより、歌もちゃんと人間が歌っているみたいなのです。もっとも、1899年の録音が人工声並みの音質だったということにすぎませんが。
 ただ、たしかに独唱だけは、後年と比べてもかなり鮮明です。声の質やニュアンスも伴奏の貧弱さとは比べ物にならないくらいよく聞き取れます。
 ちなみに、この1906年の録音はアリアなどの独唱曲の選集で、以下が曲目です。

 第2曲「わが民を慰めよ」(Comfore ye) (テナー)
 第3曲「もろもろの谷は高くせられ」(Ev'ry valley shall be exalted) (テナー)
 第5曲「万軍の主はこう言われた」(Thus saith the Lord) (バス)
 第6曲「その来る日には誰が耐え得よう」(But who may abide the day of His coming) (バス)
 第8曲「良き訪れをシオンに伝える者よ」(O thou that tellest good tidings to Zion) (コントラルト)
 第9曲「見よ、暗きが地を覆って」(For behold, darkness shall cover the earth) (バス)
 第17曲(後半)「主は牧者のようにその群れを養い」(He shall feed His flock) (ソプラノ)
 第29曲「あなたは彼を黄泉に捨ておかず」(But Thou didst not leave His soul in hell) (テナー)
 第34曲「ああ麗しいかな」(How beautiful are the feet) (ソプラノ)
 第36曲「何ゆえに、諸々の国の人々は騒ぎ立て」(Why do the nations) (バス)
 第38曲「おまえは鉄の杖をもって彼らを打ち破り」(Thou shalt break them) (テナー)
 第40曲「私は知っている」(I know that my Redeemer liveth) (ソプラノ)

 以上13曲が収録されています。

 さて演奏について……といっても伴奏はほとんどどうこう言えるような状況に無いため独唱についてのみの感想になります。
 一言で言えば『傍若無人』といったところでしょうか。もう伴奏のことなど全く考えずに好き放題歌っています。
 出だしは常にワンテンポ遅らせてもったいぶって登場し、登場してからは自分が歌いやすいようにテンポを引っ張りまわし、クライマックスでは、頂点の音を本来の長さの2倍、3倍どころか、小節単位で長々と伸ばし、思う存分歌いこんでいます。
 きっと18世紀後半に流行った、内面の表現のためには楽譜の枠組みから外れることも躊躇しないロマンティックな解釈というのはこういう感じだったのでしょうね。これらの演奏に比べれば、ロマンティックな解釈の代表格であるメンゲルベルクのチャイコフスキーの演奏ですら、楽譜をそのまま音にした即物的な演奏に思えてきます。当時の風潮をワインガルトナーが厳しく追及し、トスカニーニが激しく怒ったというのも、たしかに納得できます。
 もっとも、楽譜を極端にデフォルメして歌いこんでいるため、伝わってくる感情の強さも後の時代の演奏ではとてもそこまでは感じられないほどではありますが。
 面白いという点では、本当に面白いのですが、やっぱり人には勧められない演奏ですね。(2005/11/12)


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