G.F.ヘンデル オラトリオ「メサイア」

混合版

指揮トン・コープマン
演奏アムステルダム・バロック管弦楽団
ザ・シックスティーン
独奏ソプラノ:マリヤンヌ・クヴェックジルバー
アルト:ジェームズ・ボウマン
テナー:ポール・エリオット
バス:グレゴリー・ラインハルト
録音1983年8・9月
発売ERATO
CD番号0630-17766-2


このCDを聴いた感想です。


 思いっきり軽量化を図り小さく絞り込んだ演奏です。
 全編ほぼ p (ピアノ)ぐらいの弱さで、強くても mp (メゾ・ピアノ)、よっぽど強い部分でもせいぜい mf (メゾ・フォルテ)程度の強さに留められています。
 もちろん人数の少ない古楽器系のオーケストラの特性が発揮されているわけですが、同じくらいの少人数の他の団体でも、 p はまだしも f ではある程度力強さが表れるものです。しかし、この演奏はほとんど力強さを感じることはありません。アクセントをつける部分でも重くせず、ほぼアタックの硬さだけでアクセントをつけています。
 動きもキビキビと軽く、響きも風通しが良く澄んでいます。
 たしかに、昔風の、感情を表に出したドラマチックな盛り上がりや、奇跡を表した迫力を期待すると、肩透かしを食らうのですが、クリームたっぷりのフランス料理フルコースに対する懐石料理のようなもので、繊細に神経を行き届かせながらも聴く者にあまり意識させずに、涼しい顔をして一見あっさりとテンポ良く進んでいくところが、この演奏の魅力だと思います。
 聴いている時も、手に汗握ったり息が詰まったりと疲れることなく、心穏やかにリラックスして楽しんで聴くことができます。
 この響きの軽さは特にオーケストラに顕著で、合唱や独唱が同時に出てくる部分などは驚くほど弱く、伴奏どころから半分聞こえないぐらい小さくしています。もちろんポイントポイントでは強くアクセントをつけるところもあるのですが、本当に一瞬パッと強くするだけで、その硬いところといい、ほとんど打楽器みたいな音になっています。また、弱く控えめな音が基本のオーケストラの中で、オーボエだけがわりと大きめに出ているあたり、弱い中にも彩りが感じられました。
 一方、合唱ですが、演奏している「ザ・シックスティーン」は、クリストファーズが指導している合唱団で、文字通り各声部4人ずつの計16人という厳選されたメンバーによる透明な響きで定評があります。この演奏でも合唱指揮はクリストファーズが行なっています。なぜか人数はソプラノに二人増えて計18人になっていますが。
 実は、ザ・シックスティーンのメサイアとしては、後に(1986年)クリストファーズ自身が自分の管弦楽団とともに全体を指揮して録音した演奏があり、そちらの方が、ザ・シックスティーンの良さがより発揮されていそうなものですが、わたしは、合唱だけに注目しても、このコープマンとの演奏の方が、良く聴こえました。
 コープマンの軽く溌剌とした動きと、ザ・シックスティーンの透明感のある響きがうまく合い、澄んで感情が薄いのにとても楽しく聴こえるのです。この生き生きとした表情は、バックの軽さが伴ってこそいっそう生きてきたのではないかと思います。

 メサイアといえば、楽譜の選択も注目点の一つです。
 詳しくはこちらのリストを見て頂ければ全て書いていますが、一般的な演奏と大きく異なっているは3曲ほどです。
 まず第13曲の「天使が現れ(And lo,the angel of the Lord〜)」で、ソプラノの短いアリアが一般的な演奏と全く違う楽譜が使われています。この版を使っているは、全てを網羅しているマギーガン盤を除けば、わたしが持っている84種類の中でもコープマンとマリナー旧盤(1976年の最も古い録音)の二つしかなく、非常に珍しいものです。
 第34曲の「ああ麗しいかな(How beautiful are the feet)」は、一般的なソプラノアリアの後に「その声は全地に響き渡り(There sound is gone out)」が合唱ではなく、そのままソプラノアリアで歌われ、また「ああ麗しいかな」のアリアにダル・セーニョするという版で、これもマギーガン盤以外では、マルゴワール旧盤とミンコフスキ盤の3種類しかなく、なかなか珍しい版を使っています。
 第44曲の「おお死よ。おまえの棘はどこにあるのか?(O Death,where is thy sting?)」は、一般的な短縮版ではなく、ノーカットの長いもので、これはモーツァルト編曲版ではほぼ全てこちらですが、モーツァルト版以外で長い方を採用しているのは、他には鈴木雅明盤とマリナー旧盤とポープル盤の三つだけで、あまり多くありません。
 実はそれに加えて、リストには表れない違いがあります。
「ハレルヤ・コーラス」の終盤に登場する男声合唱の歌詞で、ソプラノとアルトとバスが細かく「Hallelujah,Hallelujah」歌っているところにテナーとバスが「King of Kings and Lord of Lords」と強く割って入ります。
 多くの演奏では、テナーとバスの歌詞は上記の通りなのですが、この演奏では、「King of Kings and He shall reign」になっています。
 実は、わたしの持っているベーレンライター社から出版された総譜での歌詞がまさしく「King of Kings and He shall reign」になっています。わたしも「King of Kings and Lord of Lords」の方で聴き慣れていたため、本当にそんな歌詞で歌う演奏なんてあるのだろうか? とはなはだ疑問に思っていたのですが、コープマンの演奏を聴いて、なるほど数は少ないにしてもあるにはあるんだな、と納得しました。(2005/7/30)


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