G.F.ヘンデル チェンバロ組曲第5番 ホ長調

演奏ピアノ:マレイ・ペライア
録音1996年10月26〜29日、11月5日
カップリングヘンデル シャコンヌト長調 他
発売SONY
CD番号SK 62785


このCDを聴いた感想です。


 美しい珠が淀みなく流れてゆく。そういう印象を受けました。
 このチェンバロ組曲第5番は、第4楽章(終楽章)に有名な「調子の良い鍛冶屋」があることで知られています。わたしが上記の印象を最も強く感じたのが、その「調子の良い鍛冶屋」の楽章です。
 一つ一つの音の粒が透明で美しく、しかもバラツキがなく測ったように揃っています。それが次々と滑るように流れてゆくのです。変奏が進み、細かい音符が増えてきても、流れ方にはムラが全くなく、音が目の前に現れ、一直線に彼方へと消え去る様は、後半になるとむしろテンポが速くなることも相まって、息もつかせぬほどです。
 しかも、細かい音符の動きの素晴らしさだけではなく、八分音符や四分音符で動く動きとのバランスがまた絶妙なのです。
 細かい音符が次々と切れ間なく流れる一方で、その上に四分音符や八分音符などが、ポツリポツリと顔を出します。これ自体は、バロックにはよくある形式ですが、その顔の出し方がとても上手く、星のようにキラキラしていながらも、突き刺すように飛び出したりすることは無く、決して自己主張が強すぎません。音が中空にきれいにフワッと浮かび、その星をつなぐとたしかにそれはメロディーです。しかもそのメロディーは、バックの細かい動きがいかに息も付かせぬスピードで流れてゆこうと、全く別世界のように、フワフワと柔らかく流れてゆきます。さらに、それだけ性質が異なるからには、上のメロディーと下の速い動きが完全にかけ離れているかと言えば、それがまたそうではなく、不思議と無理なく調和しているのです。
 上の長い動きに意識を集中すると、速い動きが伴奏として上を持ち上げ、逆に、下の速い動きに着目すると、今度は、速い動きがメロディーとして聞こえ、長い動きは、ポイントポイントでつないでゆく伴奏として聞こえます。
 全てがメロディーであり、伴奏であるということ、これはまあバロックだと当たり前なのでしょうが、まさに実感できました。
 速いテンポにもかかわらず、細かい動きをさも当たり前のようにサラッと弾きこなすテクニックにも大いに驚かされますが、メロディーと伴奏の主と従が織り込むように絡み合う響きは本当に不思議な感覚で、この演奏だけの魅力です。
 ちなみにこのチェンバロ組曲(ハープシコード組曲やクラヴサン組曲という言い方もありますが)は、曲名からもわかるように、もともとはチェンバロのための曲です。
 当然演奏もチェンバロによるものが多くあります。その一方で、現代風にピアノを使用したものもあり、このペライアの演奏も、ピアノによるものです。
 チェンバロによる演奏は、チェンバロの音色が楽器よって千差万別であり、さらにフレーズの取り方や、装飾音やアドリブの入れ方も、作曲当時のスタイルに近づけようとしたためかは分かりませんが、演奏ごとの違いが大きく、それぞれ個性豊かです。
 それに較べてピアノによる演奏は、わたしがあまり種類を聴いたことがないこともあり、チェンバロほど個性の差は大きくなく、その代わりどれも完成度が高くなっています。
 もちろん、差は大きくないといっても、それぞれ違いはあり、チェンバロではつけにくい強弱の差を活用したり、メロディーを雰囲気を出して良く歌わせるというのは、むしろピアノの方が感じることが多くありました。
 ただ、ペライアの演奏は、そういう歌わせると言う点ももちろんですが、チェンバロではどうしても音の流れがゴツゴツしてしまうところを、ピアノの機能性を生かして、滑らかにつないでゆくという点で、ピアノならではの良さが表れていると思います。(2010/6/19)


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