G.ビゼー 「アルルの女」組曲

指揮ジャン・マルティノン
演奏シカゴ交響楽団
録音1967年4月26日
カップリングビゼー 交響曲 他
発売BMGビクター(RCA)
CD番号BVCC-8893/94


このCDを聴いた感想です。


 先週書いた、当初の予定というのが実はこの演奏のことでした。

 というわけで、今回はマルティノン指揮のシカゴ響の演奏なのですが、名門シカゴ響の長い歴史の中でも、マルティノンの時代というのはあまり良い評判がありません。
 ライナーとショルティというシカゴ響の黄金時代を築いた二人に挟まれた時代であることも災いしています。
 3代目のドゥフォー(1947まで音楽監督)以前を別とすれば、マルティノンと同様に短期間で辞任に追い込まれたロジンスキーとクーベリックが再評価されている昨今においては、マルティノンが音楽監督だった6年間(1963〜68)というのは、ほとんどシカゴ響の暗黒時代とでも言いたげな扱いを受けており、あまつさえ「すみません。この時代は無かったことにしてください…」と言われたんじゃないかと思えるぐらい、半分忘れられかけています。

 マルティノン本人のディスコグラフィーについて書かれる時でさえ、晩年のフランス国立放送管弦楽団の頃の演奏ばかり評価され、シカゴ響時代の演奏について語られることはほとんどありません。

 そんな不遇な録音ですが、いざ演奏を聴いてみると、その音楽の魅力的なことにビックリしました。

 このアルルの女にしても、メロディーの歌わせ方からしてセンスの高さは只者ではありません。
 歌わせているといっても、イタリアっぽくエネルギッシュに熱狂的に歌い上げているわけではないのです。
 決して力まず、肩の力を抜いて抑揚を抑え目にスッと歌わせているのですが、ほんの微妙なダイナミクスの出し入れがメロディーに繊細な陰影を与え、聴き手の意識にいつの間にか入り込んでくるのです。
 ちょっと気取ったところが、まるでパリの貴婦人のようで、一回すれ違っただけなのに何故か気にかかる……そんな風に、心を捕らえて放さないところがあります。
 また、オーケストラの音色もその傾向に拍車をかけています。
 メロディーの歌わせ方はフランス風の洒落た感じなのに、音色の方はフランスのオーケストラにありがちな原色をごっちゃ混ぜにしたような華やかさではありません。
 むしろ無色に近い、純粋さを感じさせるような音色で、ほのかに淡い色がついているような雰囲気です。

 実際、オーケストラの技術も、さすがにライナーやショルティの時代には及ばないとしても、申し分ないレベルを十分に保っています。
 アンサンブルは非常に締まっていて、スラーとスタッカートの区別が気持ちがいいほどキッチリとつけられています。
 この演奏を聴いていると、楽譜通りに演奏できるというのは、基本のように見えて、実は高いレベルの合奏能力が必要ということがよく分かります。
 また、特に素晴らしいのが、歌わせ方の徹底で、上はフルートから下はコントラバスまで、どんな小さなフレーズでも、クレッシェンドの持っていき方やアクセントの付ける強さまで見事に統一されていて、隅々まで神経が行き届いていることを感じさせます。
 個々の楽器では、サックスが特筆もので、歌い方、音色、バランス、どれをとっても他の演奏を忘れさせるぐらい最高に感じました。

 ただ一つ惜しいのが録音です。
 ピアノの部分はいいのですが、全合奏のフォルテになると金管の音がマイクに入りきらずに割れてしまっているのです。
 これは、最後のファランドールで最も顕著に表れていて、せっかくの怒涛の迫力のフィナーレが、だいぶ聴き取りづらくなっています。


 この演奏を聴いていると、マルティノン時代のシカゴ響は、「捨てたものじゃない」どころか「こんな演奏を聴かずにおくのはもったいない!」という気持ちになります。
 いままでは、このコンビのCDを目にしても「買おうかな〜 どうしようかな〜」と思うことが多かったのですが、これからは「目を皿のようにして必死に探す」という状態になりそうです(笑)(2001/5/25)


サイトのTopへ戻る