G.ビゼー 歌劇「カルメン」

指揮レナード・バーンスタイン
出演カルメン:マリリン・ホーン
ホセ:ジェームズ・マクラッケン
演奏メトロポリタン歌劇場管弦楽団
メトロポリタン歌劇場合唱団
メトロポリタン歌劇場児童合唱団
録音1973年9・10月
発売Grammophon
CD番号427 440-2


このCDを聴いた感想です。


 そもそもバーンスタインが不幸の根源でしょう。
 他でもない、歌手にとっての話です。
 あまりにもバーンスタインの存在が大きすぎて霞んでしまっているのです。
 別に歌手が下手とか地味なのではありません。
 バーンスタインが歌手を無視して勝手に音楽を進めているのでもありません。
 カルメン役のホーンを初めとして、どの歌手も十分に上手く、表情も豊かに歌っています。
 それだけでなく、役になりきって、誘惑する部分はコケティッシュに、強い意志を表す部分では叩きつけるように力強く歌い、まさにドラマが繰り広げられているのがありありと目に浮かぶかのようです。
 ただ、実はこの役になりきって感情を表に出している事が逆に思わぬマイナスを生み出しています。
 このカルメンはおそらくアルコア版なので歌とセリフが分かれていて、セリフの部分は役になりきっていることがそのままリアルな雰囲気を出しているのですが、歌の部分ではリアルの「地」の雰囲気に近づくことで「歌」らしい華やかさが少し弱くなっているのです。
 しかし、これだって伴奏がバーンスタインでなかったら、それほど問題点には見えなかったでしょう。
 一応、バーンスタインもその点は配慮していて、歌手が歌っている間の伴奏はあまり極端には歌わせず控え目にしているため、純粋に歌の部分だけ切り出したらそれほど変なバランスではなく、ごくごくまっとうな感情を込めてよく歌った良い演奏に聞こえます。
 ところが、アリアなどで、歌手が歌う前に同じメロディーをオーケストラが演奏するのを聞くともういけません。
 同じメロディーを、先にオーケストラがあまりにも大きくたっぷりと歌わせているため、その後で歌手が歌っても、ほんの少し華やかさが弱くなっているだけの差なのに、それが非常に大きく感じてしまい、なんだか地味に聞こえてしまうのです。
 むしろ、歌の部分では役柄を捨てて、昔のイタリアの歌劇場で流行った歌い方みたいに歌わせることそれ自体を目的に歌った方が、バーンスタインの音楽にまだ対抗することができたんじゃないかと思えてきました(笑)
 アリアでのテンポの揺り動かしも、感情の流れに沿った伸び縮みではなく、どちらかというとメロディーを劇的に盛り上げるような方向の大きくテンポを落としておいてパッと戻すというタイプであり、感情の変化に合わせて歌おうとする歌手とはどうも合わなくて苦労しているみたいだったので、「もっとメロディー中心にすれば楽に歌えるんじゃないかな?」と思ったからというのもありますが。
 一方バーンスタインは、こちらは伴奏に徹していない時により大きく歌って個性を強く発揮しています。
 当然その最たるものが前奏曲や間奏曲といった完全にオーケストラだけの曲です。
 冒頭の前奏曲なんてテンポをかなり遅くとっているのですが、のんびりといった緩い雰囲気は全くなく、むしろ逆に硬く締まり、緊張感がありながら遅いテンポを生かしてメロディーは大きく歌わせています。
 6年前(1967年)のニューヨーク・フィルとの組曲の時と較べて、スタイルはほとんど同じながらさらにスケールを一回り大きくしたような感じで、CD3枚に渡る歌劇の冒頭にいかにもふさわしい堂々としたものです。
 もちろんよく歌っているのは前奏曲や間奏曲だけでなく、個人的にはむしろアリアの冒頭に出てくるようなちょっとしたメロディーの歌わせ方のほうが印象に残っています。
 第1幕の衛兵の交代するシーンの途中にある、ドン・ホセとスニーガが会話しているシーンの背後で演奏されている弦楽のおそらく四重奏(わたしの持っている総譜はグランド・オペラ版なのでこの部分の楽譜が入っていないのでちょっと不確かですが)は、音を短く切ってテンポは保ちながらもよくぞここまでと感心するほど哀愁たっぷりですし、同じく第1幕のセギディーリャの冒頭のフルートソロなんかも、続いて登場するカルメンのアリアの印象が薄れてしまうぐらい絶妙なテンポ変化で歌わせています。
 第3幕のエスカミーリョの独白の背後で薫り漂うソロを聴かせるヴァイオリンといい、わたしには、どうも大編成で大きく鳴らすところよりも、むしろちょっとしたソロとかの方により良さを感じました。
 ただ、この演奏……というか録音には一部どうにも気になる大きな問題があります。
 それは音の割れで、合唱が力一杯フォルテで歌う部分で響きが完全にひび割れて雑音になってしまっています。
 オーケストラだけの時はいくら大音響になっても起こらず合唱の時だけで、しかも第2幕以降のみに起こるというのがますます謎です。録音が行なわれた1973年であれば既にちゃんと録音できるだけの技術はあったはずですから、もしかしたら編集の問題なのかもしれません。
 とにかくこの音割れが非常に耳障りで、全体の印象まで悪くなってしまうのが残念です。(2004/9/25)


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