F.シューベルト 交響曲第8番 ロ短調<未完成>

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1940年12月19日
販売及び
CD番号
日本フォノグラム(PHILIPS)(PHCP-3084〜97)
UNIVERSAL(PHILIPS Dutch Masters Vol.60)(468 099-2)


このCDを聴いた感想です。


 基本的な解釈は、後年のスタジオ録音とほとんど変らないのですが、改めて聴き直してみると、ピアノ部分の音の柔らかさにはほとほと感心しました。
 特に、メロディーの柔らかさは、他の演奏にもなかなか見られないほどで、まるでクリームのようにムニュっとしています。
 そう、柔らかくても、決して淡雪のように触れただけで溶けてしまいそうな儚さは無く、もっと密度の濃い、実体をしっかりと持った柔らかさです。
 しかも、クリームのようだからといって、ケーキに乗っている甘ったるいクリームような甘い歌わせ方ではありません。
 曲調もあるのですが、柔らかくてもベタベタしてなく、濃いくせにスッキリとしていて、むしろ辛口に近い歌わせ方をしています。
 これは、メンゲルベルクの歌わせ方に、いつもと少し異なる傾向があるからです。
 スラーで音が動いていても、音と音の変わり目にポルタメントをほとんど入れず、いつもような滑るような音の移り方があまり見られません。
 逆に音と音の繋ぎは薄めで、音の一つ一つに重みが乗せられている事もあり、それぞれの音が独立しています。
 言い換えれば、他の曲では、メロディーは長い一本の帯で、メロディーの中の音は、その帯の中の一部だったのに対して、この演奏では、それぞれの音が、ポンポンと飛び飛びに地面に押し込まれているかのようです。
 ここまで読まれた方は、この演奏はメロディーの音がそれぞれバラバラで、ちゃんとメロディーとして成り立っていないかのように思われるでしょうが、実はそうではありません。
 たしかに、音と音の間は薄く、それぞれの音が独立しているのですが、マリオネットが見えない糸で操られて生きているみたいに動くように、この演奏のメロディーも、聞こえない部分でちゃんと繋がっているのです。
 そのため、メロディー全体で聴くと、点をたくさん打って書く絵のように、一本のメロディーが浮かび上がってきます。
 そして、このメロディーは、柔らかく濃いのにベタベタとした甘さが無いというわけです。
 これには、もう一つ、メロディーの歌わせ方が、いくらメロディーを担当する楽器が変っても細部まで統一されている事も大きく影響しています。
 同じ歌い方を徹底する事によって、聞こえない部分もよりはっきりと繋がり、全体が大きな流れとして感じられるようになります。

 柔らかいピアノの部分と対照的なのがフォルテの部分です。
 ピアノの柔らかさに対して、フォルテには硬さと力強さがあります。
 この曲は、割とピアノとフォルテがオン/オフのように、はっきりと二つに分かれているのですが、フォルテの部分では、ピアノの柔らかさが嘘のように、硬くアタックをつけて、激しく演奏しています。
 さらに、テンポも、ピアノ部分が、一小節とて同じテンポの小節が無いかのように、常に細かく動き続けていたのに対して、フォルテ部分では、フレーズの最後に大きくテンポを落とす事はあっても、そこ以外はメトロノームで演奏しているかのように、一定のテンポをキープしてコンクリートで固めてあります。
 ピアノの柔らかさとフォルテの硬さ。
 この『未完成』という曲で、これほど表現に幅を持たせた演奏もなかなか無いのではないでしょうか。


 メンゲルベルクは、上記にも書きましたが、このライブ録音の他に、数年後のスタジオ録音の計2種類の演奏があります。
 このライブ録音とスタジオ録音とで、大きく異なっているのは繰り返しです。
 第1楽章の提示部の繰り返しを、このライブ録音では行なっていますが、スタジオ録音では行なっていません。
 また、内容としては、ライブ録音の方が、テンポの動かし方がより激しいように感じました。といっても、基本的な解釈は同じなので、演奏にそれほど大きな違いがあるわけではありません。
 それよりも、この録音において、もっと大きな問題は録音の悪さです。
 もっとも、悪いといっても、平均的に全体が悪いのではなく、悪いのはあくまでも一部で、その他の部分はそう悪くありません。
 たしかに1940年前後という、新しい録音(もちろんメンゲルベルクとしてはですが(笑))ですが、条件の悪いライブ録音という点を考慮すると、むしろ鮮明な方と言ってもいいかもしれません。
 ただ、その悪い一部というのが、特に第2楽章においては決して無視できるような少なさではなく、しかも、それがあまりにも悪過ぎました。
 たぶん、録音時というより保管時の問題と思いますが、定期的に大きなノイズが入り、さらに、楽音の方にも、単に真っ直ぐ伸ばしている音なのに、揺れ・割れ・歪み・吃音等が発生し、楽音すらノイズ並になってしまっています。
 これほどにまで酷いと、メンゲルベルクのような古い録音に慣れている筈のわたしでも、ほとんど拷問を受けているような気になってきました(笑)(2002/3/15)