F.メンデルスゾーン.B オラトリオ「エリア」

指揮リチャード・ヒコックス
独唱バス(エリア):ウィラード・ホワイト
ソプラノ:ロザリンド・プロウライト
コントラルト:リンダ・フィニー
テナー:アーサー・デイヴィス
ボーイ・ソプラノ:ジェレミー・バッド
演奏ロンドン交響楽団
ロンドン交響合唱団
録音1989年4月21〜25日
発売Chandos
CD番号CHAN 8774/5


このCDを聴いた感想です。


 言語は、指揮者からオーケストラも英国だけに、もちろん英語版です。
 わたしは「エリア」に入っている曲は、それぞれどれも好きなのですが、その中でも最も好きな曲の一つが第38曲「かくて、預言者エリアは火の如く現われ」です。この曲は、もうクライマックスに近く、エリアがついに炎の車に乗って天に還って行くシーンで、第1部第2部の終曲についで激しく華やかな曲です。
 わたしはこの曲について、こう演奏して欲しいという希望がいろいろあるのですが、その理想に最も近いのがヒコックスの演奏なのです。
 冒頭からドラッグレースのようなハイテンポでしかも激しく始まります。第37曲が穏やかでゆったりとした曲だけに強烈な対比になっています。
 しかも、それだけ速いテンポと激しさにもかかわらず、合唱は歌詞がハッキリとしていてすごく聴きやすいのです。この歌詞の聴きやすさというのは、第38曲に限らず、全曲通じています。録音のバランスが合唱が少し強めというのもあるのでしょうが、子音をきっちりと出していて、しかも音がピタリと揃っているためだと思います。歌詞が聴きやすいため、他の演奏よりもストーリーが強く伝わってきます。
 さらに最大のポイントがオルガンです。
 以前にも書いたと思いますが、わたしはこの30小節目(練習番号B、バスが「And When the Lord」と8分音符で上昇する直前です)で轟然と鳴り響くオルガンが大好きです。当然他の楽器を圧倒すればするだけ結構なのですが、残念ながらオルガン自体がカットされている演奏が半数ぐらいあり、他も、入っていてもあくまでも脇役という立場でなんだか遠慮がちに響いています。
 しかし、ヒコックスの演奏では、正しく主役として他を圧倒しています。わたしが持っている21種類の演奏の中ではヒコックスを上回るものはありません。
 しかもこのオルガン、出番自体は曲の冒頭から登場しますが、最初はむしろほとんど聞こえないぐらい微かな強さにすぎません。第27小節辺りから、姿を見せ始めますがまだピアノぐらいのささやかな大きさです。それが、2拍ごとにシフトチェンジするようにグンと強くなっていき、第29小節目の合唱が一旦終わり全音符のハーモニーに入ると、それまでの一定の角度で上昇してきた強さの曲線が急に跳ね上がります。予測が裏切られ「あっ」と思ったところで、第30小節目で、そこからさらにまた一段階上がるのです。
 第29小節目と第30小節目は、同じ和音でしかも第29小節目の6つの音は全て第30小節にタイで結ばれています。しかし、第30小節目では、それまでの和音の最高音の3度上に1つだけ音が加わります。わたしは演奏を聴いた瞬間、「ああ、ヒコックスは加わった1音の意味をちゃんと意識して演奏してくれているのだな」と思い、すごくうれしくなりました。
 逆に、理想として少し残念だったのが後半のトランペットです。
 わたしのイメージでは、このトランペットは最後の審判のラッパと同系統で天からの力を表していて、そのため他の楽器とは一線を画し浮き上がって聴こえてきて欲しいのです。
 ヒコックスの演奏は、イメージにかなり近く、第37・38小節目の階段状に上がる部分などは周りの響きを突き抜けて来ています。
 しかし、第48小節目(練習番号C)以降の、オクターブで3連符を伴うファンファーレを吹くところで、オクターブ下がった3連符の動きが埋没してしまっているのです。一方、小節の頭のオクターブ上がった伸ばしの音は突き抜けているため、聴いていると、伸ばしの音と3連符の動きが分離してしまい、ただ、小節の頭で音を伸ばしているだけの単純な動きに聴こえてしまうのです。
 いや、この部分のバランスを取ることが難しいのはよくわかります。おそらくそれが理由で、フリューベック・デ・ブルゴスの演奏などのように、楽譜を変えて3連符をオクターブ上げているものもあるぐらいですから(ちなみにフリューベック・デ・ブルゴス以外にもそういう演奏はあります)。とはいえ、そこはもう一頑張りして欲しかったところです。
 それでも、その3連符以外の部分は良く目立っていますし、本当に理想に最も近い演奏なのです。
 ほとんど第38曲の話になってしまいましたが、他の曲も基本的に演奏スタイルは同じです。
 一言で言えば「劇的」。
 ピアノとフォルテの差は大きくつけ、ここぞという場面ではガツンとアタックを入れる。第35曲の合唱付き四重奏の「聖なるかな、聖なるかな」などはその典型で、冒頭の四重奏はピアニシモぐらい弱く美しく響かせておいて、合唱が入るフォルテの部分はフォルティシモぐらいでしかも頭にアタックをつけます。その対比が素晴らしく、聴いている方は気持ちよいことこの上ありません。
 テンポもちょくちょく伸び縮みし、盛り上げた頂点では、テンポを緩め、さらに最高音に入る直前にわざかに間を空け、タメを作ることもあります。
 ソロのレチタティーヴォは、感情を前面に出し、バール教徒とのやり取りでは、まさに挑発しているという感じが良く表れています。
 ハーモニーを美しく響かせるなどの美しさという点では、上回っている演奏も他にありますが、劇的であり、しかも物語を伝えるという点では、随一の演奏ではないかと思います。(2011/11/12)


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