F.メンデルスゾーン.B オラトリオ「エリア」

指揮ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス
独唱バス:ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
ソプラノ:ギネス・ジョーンズ
アルト:ジャネット・ベイカー
テナー:ニコライ・ゲッダ
ソプラノ:シモン・ウールフ 他
演奏ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
ニュー・フィルハーモニア合唱団 他
録音1968年7月
発売EMI
CD番号7243 5 68601 2


このCDを聴いた感想です。


「エリア」の曲の中で、最近好んで聴くようになった曲があります。
 それは、第38曲の「かくて預言者エリアは」(Thus did Elijah the prophet)という曲で、この曲は全曲の中でも終盤近く、ついにエリアが昇天するシーンを描いた曲です。
 歌詞に「火の車と火の馬があらわれ、エリアは大風にのって天に昇った」と歌われるだけあって、曲は一際激しくかつ華やかです。
 わたしは、この曲で特に注目している部分が二箇所あります。オルガン部分です。
 この曲は前半と後半の二つに大きく分けられるのですが、前半部分はエリアの業績を称えたもので、曲調は激しさを中心として少し暗めの雰囲気があります。
 これが、後半になるといよいよ昇天する場面で、激しいながらも明るくなり、それ以上に華やかさが前面に出てきます。
 まず一つ目の注目している点が、前半と後半の境目部分で、合唱が終わった後も残っているオルガンです。(譜面(1)で赤丸で囲った部分を参照)
 エリア全曲においてオルガンは、結構頻繁に出番があるのですが、大抵の場合は、合唱や管弦楽の補強みたいなもので、影でしっかりと支えてはいるものの、裏方のようにほとんど前面には出てきません。
 ところが、この譜面(1)の部分だけは、オルガンの他は低音で動きがあるだけで、珍しくオルガンが存在感を出せるところなのです。
 そして、この響きがわたしは大好きなのです。
 また、もう一箇所わたしが注目する部分が後半部分にあります。トランペット部分です。
 後半は、ついにエリアが昇天して行く場面なので、一旦全体のダイナミクスをピアノに落として、そこから次第に盛り上げて行き、さらにブルックナーのように、一回盛り上げておいて、また少し落とし、というパターンを繰り返して、よりドラマチックに音楽を盛り上げて行きます。
 このパターンが最終的に辿り着いた頂点のフォルティッシモで、とどめの一撃を加えるのがトランペットなのです。(譜面(2)で赤丸で囲った部分を参照)
 このトランペットの『タタタタン、タタタタン』というパターンは、譜面は掲載していませんが、後半部分の初めの方の、まだピアノの段階でも弱い音で登場し、この弱い音と盛り上がった部分でのフォルティッシモの音をどう対比させるかも非常に興味深い点なのです。
 今回取り上げたフリューベック・デ・ブルゴスの演奏は、この2点において、わたしがもっとも『こうあって欲しい』と考える、理想に近いものです。
 一箇所目の譜面(1)のオルガンは、他の演奏ではカットされていたり、ほとんど聞こえないぐらい背面に隠れている事も多々あります。
 例えばサヴァリッシュは、スタジオ録音の他にN響との記念演奏があるぐらいですから、おそらくこの曲にかなり思い入れがある方だと思いますが、どちらの演奏も、この部分のオルガンはカットされて、低音のメロディーしか聞こえません。
 また、前回取り上げたマズアの演奏も、このオルガンは、たしかに演奏されてはいるのですが、ほとんど聞こえないぐらい控えめな音量です。
 そういった演奏が多い中で、フリューベック・デ・ブルゴスは、ここのオルガンを特にクローズアップして響かせています。
 しかも、全音符がタイで引っ張られている二つの小節で、後半の方の小節には、実は新たにEの音が加わっているのですが、フリューベック・デ・ブルゴスはハッキリとこの音を加える事で、音楽をさらに一段階盛り上げているのです。
 実際、全曲中で唯一箇所、ここだけにオルガンの響きが目の前にそびえ立つ事で、エリアの昇天というクライマックスをより印象付けられるのです。
 またもう一箇所の譜面(2)のトランペットについても、フリューベック・デ・ブルゴスは、ファンファーレのように十分に浮き立たせています。もちろん、だからといって周りから浮いているわけではありません。
 この部分も、他の演奏では意外とスッキリしません。
 トランペットが弱く不安定だったらその時点でダメですし、音に安定感があっても、抑えすぎるか録音の関係で周りに埋もれてしまっても不満が残ります。
 例えば、ロバート・ショウの演奏では、ピアノの方のパターンでは、小さい音ながら安定した存在感のあるしっかりとした音を出していたので、「これは期待できるか!」と思ったのですが、なぜかフォルテの方では完全に周囲に埋没してしまい、ガクッとなってしまいました。
 その点、フリューベック・デ・ブルゴスの演奏では、ピアノの方もフォルティッシモの方も両方ともしっかりと聞こえるのですが、実は、それでも不満点があります。
 譜面(2)のトランペットの部分を、見難くて申し訳ないのですが、細部まで見て頂くとわかるのですが、小節の頭の付点四分音符の伸ばしの音を、セカンド奏者は下のEsで、ファースト奏者は上のEsの音と、オクターブ開けて吹いているのですが、その続きの『タタタタン、タタタタンタン』という部分はファースト奏者もセカンド奏者も同じ下のEsの音を吹いています。
 これをフリューベック・デ・ブルゴスは、ファースト奏者に『タタタタン、タタタタンタン』の音も、オクターブ下げず、そのまま上のEsの音で、ずっと吹かせているのです。
 わたしは、この点が非常に残念です。
 この部分は、『タタタタン、タタタタンタン』の次に『ターン』とオクターブ上がる跳躍によって精神がパーッと一気に高揚するのに、ずっとオクターブ上のままでは差が無いため、盛り上がりに欠けてしまうのです。
 この点だけだったら、わたしが聴いた事がある演奏では、本当はコルボの演奏が一番満足できるのですが、これはこれでピアノの方のパターンがほとんど聞こえないという不満点がありまして。やはりなかなか完全に満足できる演奏というものは無いようです。

 第38曲以外の全体的な面では、フリューベック・デ・ブルゴスの演奏は、オーケストラと独唱の上手さが光ります。
 独唱陣は、ビッグネームを揃えただけあり、抜群の安定感があります。また、音や声の綺麗さよりもドラマティックで感情的な面を前面に出しています。
 オーケストラは、古楽器のような鋭さは無いものの、現代楽器の分厚さがあり、アクセントにしても硬さやインパクトよりも重さを重視して、宗教性よりも劇性を強調した演奏です。
 合唱は、バランスの問題もあるのかもしれませんが、少し控えめすぎるような気がしました。その代わり、コラールのような柔らかい合唱は、清らかというより暖かい、雰囲気を感じさせる演奏です。(2002/6/14)


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