F.リスト 交響詩「レ・プレリュード」

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1929年6月11〜15日
発売及び
CD番号
HISTORY(205254-303)
Pearl(GEMM CDS 9018)
ARCHIVE DOCUMENTS(ADCD.107)
EMI(CDH 7 69956 2)
東芝EMI(TOCE-8191〜99)
東芝EMI(FECC 30784〜5)
NAXOS(8.110853)
ANDANTE(2966)


このCDを聴いた感想です。


 メンゲルベルクが遺した「レ・プレリュード」の二つの録音のうち、この演奏は、新しいほうの録音にあたります。
 もっとも、新録音といいながら、録音年は、まだ1930年代にも入らない1929年で、メンゲルベルクもまた60歳にもなっていません。
 まあ、旧録音は1922年で機械録音の時代ですから、それに較べたらはるかに新しい録音となるわけです。
 もちろん音の鮮明さも大きく違います。
 1922年の録音が、ほとんどメロディーしか聞こえず、しかも響きも何も無い丸裸の細い音なのに較べれば、1929年の録音は、電気録音になったこともあり、はるかに楽器らしい音、オーケストラしい響きに聞こえます。
 とはいえ、それでも1929年、言い換えれば昭和4年の録音です。あくまでも1922年の機械録音に較べての話であり、メンゲルベルクの晩年に近いスタジオ録音にすら遠く及びませんし、同時代と比較してもまあ普通のレベルでしょう。音が割れたりはしていないのでその分聴きやすい方かもしれません。

 演奏は、メンゲルベルクの50代の頃の演奏にしては、かなりテンポを伸び縮みさせています。まるで晩年のチャイコフスキーの演奏のようです。
 それだけテンポを大きく動かしているのは、おそらく場面場面での雰囲気を大事にしているためではないかと、わたしは思いました。
 この交響詩は、いろいろ主題が入れ替わり立ち代り登場します。しかもどれをとってもかなり性格が異なっています。
 メンゲルベルクは、それらを、それぞれ独立した存在として扱っているのではないでしょうか。全曲を通じて一つの大きな流れがあって各主題はその枝葉としてあくまでも全体の中の一部として捉えるのではなく、一つの主題が登場する場面は、その主題に最もふさわしいテンポをとって最もふさわしい雰囲気を表現しているのです。他の主題のテンポとか歌わせ方は全く切り離し、一つの主題を生かすためのベストの条件を一つずつ設定しています。
 この考えが本当にメンゲルベルクの考えと一致しているか分かりませんが、少なくとも、各主題は、これ以上は無理ではないかと思えるぐらい雰囲気が出ています。トランペットがファンファーレ風の合いの手を入れる主題はまことに堂々と勇壮ですし、ホルンが柔らかい和音で揺れるような三連符を間に挟んだメロディーを演奏する主題は、夢のように少し現実離れした幻想的な雰囲気が出ています。
 全曲を一貫した流れはあまり感じられませんが、次々と雰囲気が変わっていく、華やかで楽しめる演奏です。
 ただ、主題ごとにテンポを大きく変えているとすると、そのつなぎはかなり不自然になってしまうのではないかと思われる方もいらっしゃると思います。
 メンゲルベルクはこれをかなり強引な方法で解決しています。
 主題から次の主題への変わり目で大きくテンポを落とし、決してなし崩しに次に移ったりせず、むしろハッキリ境目をつけているのです。
 これは速いテンポから遅いテンポへ変わる場合ですらやることがあります。速いテンポから落として次の遅いテンポに持っていくのではなく、一旦、次の遅いテンポよりもさらに遅くしておいて、そこからテンポを上げて、次の主題の遅いテンポまで持って行くのです。
 変になし崩しにテンポを変えてごまかされるより、ここまで堂々とやられる方が、むしろ納得できます。
 全体のテンポ自体が少し遅めで、速いテンポの部分でも急かされるような雰囲気がなく、ピアノではゆったりと、フォルテでは堂々としている点も、好印象を受けた要因でしょう。(2006/2/4)


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