F.J.ハイドン 交響曲第95番 ハ短調

指揮オイゲン・ヨッフム
演奏ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団
録音1972年4月
カップリングハイドン 交響曲第93番 他
ハイドン ロンドンセットの一部
発売Grammophon
CD番号437 201-2


このCDを聴いた感想です。


 ハイドンの交響曲第93番から第104番までの最後の12曲は、俗に「ロンドン・セット」と呼ばれ、ハイドンが作曲した多数の交響曲のいわば集大成にあたります。
 ところが、この12曲は、そのほとんどが長調で、短調の曲はたった一曲しかありません。
 その唯一の例外がこの第95番です。
 ただ、この曲、短調といいつつ、トータルでみるとあまり短調の色合いは濃くありません。
 暗い雰囲気があるのは第1楽章の冒頭(第1主題)と第3楽章の主部くらいで、第1楽章の第2主題以降と第2・4楽章全部に至っては、ほぼ完全に長調の曲になっています。
 しかも、数少ない暗い短調の部分でさえ、後のロマン派の曲のような哀愁やロマンティックな情感はほとんど無いのですが、それはそもそも金物屋に行って『野菜をくれ』と言っているようなもので、よほど特別な意図が無い限り、感情を出そうとは考えないでしょうし、必要でもありません。この曲の場合は、暗さは、どちらかというと緊張感をより高める効果としての意味合いが強いように感じられました。
 その上短調の部分は限られているのですから、聴いたときの印象としては、他の長調の11曲とほとんど違いはありません。
 しかしこの曲には、他の11曲には無い、非常に印象に残ったところがあります。
 それは、第3楽章のメヌエットのトリオです。
 ここは弦楽器のみで演奏され、しかもほとんどがチェロの独奏によるソロで、他の弦楽器はほぼ完全にピチカートでの伴奏に徹しています。
 この独奏チェロが非常に魅力的なのです。
 第3楽章のメヌエットという形式は、「主部」と「トリオ」から成り立っていて、主部−トリオ−主部という形で演奏されます。
 トリオはひとまずおいておいて、この曲のメヌエットの主部は、上に書いたとおり数少ない短調で演奏されます。
 メロディーも短い要素の積み重ねによるもので、短調の雰囲気と相まって、緊張感の強い、内側に凝縮していく音楽になっています。
 この主部とちょうど正反対なのがトリオです。
 ビバルディの四季の冬の第2楽章のような、ゆったりとしてリラックスした、大きく外に広がっていく音楽なのです。
 長調で明るいのですが、決して脳天気な軽さや華美では無く、地に足がついた安定感があり、心が落ち着き穏やかな気持ちになってきます。
 これを演奏しているのが独奏のチェロというのも大きなポイントです。
 メロディーは、動き自体は激しくないのですが、上下の幅は結構あります。もしチェロ以外の楽器だと、下に下がりきれないか、もしくは逆に上が苦しくなってしまうものですが、ここでチェロの音域の広さが遺憾なく発揮されています。
 下に下りた時は重量感のある太い音が出せますし、上に上がった時も絞めつけるような音にならず、ちゃんと幅のある音で、柔らかくリラックスした雰囲気を保っています。
 なにより、チェロの音は非常に暖かいのです。
 個人的には、このトリオだけで、この曲に対する印象が3倍はアップしているように思えるほどです(笑)

 演奏の方は、中庸を保った柔らかめの演奏です。
 基本的に弦楽器が主体で、アタックもあまり鋭角的につけず、重めで丸みを帯びています。
 編成も大編成なので、小編成のオーケストラのようなキレの良さはそれほど無いのですが、その代わり、大編成ならではの厚い響きがあり、強弱の差を大きくとって表情豊かに演奏しています。
 特に、メロディーの歌わせ方は上手く、よく歌わせながらも大げさなところがありません。
 第4楽章の冒頭のメロディーなどが良い例で、明るく清々しく健康的で、まっすぐに伸びて大きく広がっていきます。
 緊張感という点では他の演奏に劣るかもしれませんが、柔らかくリラックスした雰囲気は、他ではなかなか味わえないものです。(2004/1/24)


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