F.J.ハイドン オラトリオ「天地創造」

指揮フランス・ブリュッヘン
出演ソプラノ(ガブリエル):リューバ・オルゴナソーヴァ
ソプラノ(イヴ):ジョアン・ロジャース
テナー(ウリエル):ジョン・マーク・エインズリー
バス(ラファエル):アイケ・ウィルム・シュルテ
バス(アダム):ペール・ヴォルシュタッド
演奏18世紀オーケストラ
グルベンキアン合唱団
録音1994年3月27・28日
発売マーキュリー・ミュージックエンタテインメント(PHILIPS)
CD番号PHCP-1454〜5


このCDを聴いた感想です。


『三大宗教オラトリオ』と称される(かもしれない(笑))3曲の中で、ヘンデルの『メサイア』は何度も取り上げてきましたし、メンデルスゾーンの『エリア』も先日取り上げました。
 そして、最後に残ったのが、このハイドンの『天地創造』です。
 実は、曲を聴いたのは『エリア』よりも『天地創造』の方が前なのですが、聴いてすぐ好きになった『エリア』とは異なり、『天地創造』はなかなか好きになれませんでした。
 そのため、後回し後回しになってしまったのですが、歌詞の邦訳と突き合わせながら聴いてみると、意外と写実的で面白いことに気がつきました。
 その特徴が一番表れているのは、光が誕生する場面です。
 テーマが『天地創造』ですから七日分の創造(と言いつつ七日目は休みですから実質的には六日分ですが)が描かれている訳ですが、その中でも光の誕生は最も重要な出来事の一つです。
 ハイドンは、光が誕生する直前をピアニシモでソット・ヴォーチェ(声を潜めてぐらいの意味)に抑えておき、『すると光があった』という歌詞が歌われた瞬間に、一挙に全合奏でフォルティッシモに跳ね上げています。
 ここは、ハイドンが曲中で最も力を入れた部分だけあって、強烈なインパクトがあります。
 そのおかげで、光より前の部分を聴く為にスピーカーの音量を上げて聴いていたところに、突然大音量が鳴り響くため、大抵の場合はアンプの前で慌てふためく羽目になったりもしますが(笑)
 さらに、この部分は、光より前の部分が短調の音楽であったのが、この光の部分から音楽が長調に変わるため、差がより鮮明に表れています。

 他にも写実的な手法で書かれている部分は随所にあり、光以外の代表的なものに動物の描写があります。
 第2部の五日目は動物の誕生にあたるのですが、鳥なんかは、後にベートーヴェンの交響曲第6番<田園>の第2楽章の最後にあるような、鳴き声を直接描写したものですし、ライオンの唸り声はそのまんま音楽で唸り声を真似ています。さらに、深海の魚は低音の激しい動きで魚の泳ぐ様を表して、大地を這う爬虫類に至っては、音楽をウネウネさせて、のそのそした様子を表現しているぐらいです。
 何でもリーフレットによれば、このあまりの写実的な音楽に、オーストリアでこそ受けたものの、ドイツやイギリスでは非難囂々だったらしいのですが、さもありなんという気もします。
 当時としては大衆的な面の強い音楽だったのではないでしょうか。

 また、声楽の扱いについても、『メサイア』や『エリア』と較べて、それぞれの歌手の役柄が比較的固定されているという違いがあります。
 『メサイア』の場合は、合唱はもちろんのこと、ソリストも特にこれという個人の役柄を担っているわけではありません。
 『エリア』の場合は、エリア自身は専任の歌手が担当しますが、他のソリストは、場面場面によって表している人物は別々です。合唱も当時の大衆だったり現在の人々だったりと、いろいろな役柄を担っています。こういう扱い方は、バッハの受難曲とよく似ています。
 一方、『天地創造』の場合は、歌手が担当する役柄は一つだけです。まあ、そもそも登場人物(?)が少ないというせいもありますが。
 とはいえ、本当は第3部に出て来るアダム(バス)とイブ(ソプラノ)は、第1・2部に登場するラファエル(バス)とガブリエル(ソプラノ)の担当が兼ねることも出来ます。
 これは、アダムとイブとも異なるテナーが担当しているウリエルだけが第3部にも登場していることからも、たぶん間違いない……と思ったのですが。
 大きな落とし穴がありました。
 終曲にあたる第34曲は、ソリスト群と合唱の掛け合いがある曲なのですが、実は、このソリスト群というのが四重奏なのです。
 つまり、3人では一パート分足りないのです。
 しかし、それまでの33曲では同時に出て来るソリストは3人きりだったのに、最後の最後になって4人必要にするとは、ハイドンも何を考えてるんでしょうね(笑)
 そのためかどうかは分かりませんが、アダムとラファエル、イブとガブリエルを別々の歌手が歌った演奏も結構あります。上の出演者の欄を見ていただければわかると思いますが、ブリュッヘンも別の歌手に担当させています。
 この最後の曲のソリストについてのもう一つの解決策は、この曲のソリストだけは合唱の中から抜擢する方法です。
 実はブリュッヘンがそういう方法をとっているのですが、それができるのも、この第34曲が他の33曲と比べて毛色が変わった曲であるからです。
 もちろん、その一つがソリストが一人増えていることなのですが、もっと大きく変わっているのは、この増えたソリストを含めた4人のソリストには特に特定の役が割り振られているわけでは無いという点です。
 それまでの33曲では、ソリストが出て来る場合には、例えば『ラファエル』といったように、役の名前で楽譜にパートが書かれています。
 ところが、この第34曲では、ソリストは単に『ソプラノ』『アルト』『テナー』『バス』と書かれているだけで、特定の役があるわけではありません。(だいたい、『アルト』というパートがあること自体、不思議です。この『天地創造』にはアルトが担当するソロなんてこの第34曲より前には一つもありません。たとえガブリエルとイブを二人に分けたとしても両方ともソプラノです。この曲のためだけにアルトのソリストを一人用意しておけということなのでしょうか? ただ、単にわたしが持っている楽譜がソプラノとアルトを間違えているだけかもしれません。実際に楽譜を見た限りでは、ソプラノもアルトもほぼ同じような音域で動いているように思えますし)
 歌詞も、合唱と同じため、ますます特定の役柄というよりも、合唱の中のソロというイメージです。
 そのため、この曲だけは前の曲までのソリストではなく、合唱の中からソリストが出ていても全く不自然ではないのです。

 さて今度は演奏の方ですが、ブリュッヘンは概してテンポは速めに取り、キビキビとした音楽を生み出しています。
 そのため、演奏時間はかなり短い方でしょう。
 そもそもこの『天地創造』自体、『メサイア』や『エリア』がどんなに速い演奏でも2時間切ることは無いのに較べ、2時間を切る演奏が決して珍しくないぐらい短い曲なのですが、ブリュッヘンは、何と1時間40分かかっていません。おかげで2枚目のCDなんか収録時間が26分16秒で終わってしまい、何となく淋しく感じるぐらいです。
 そういえば、他の指揮者のCDには2枚目がやっぱり余ってしまって、余白に交響曲を収録したCDもありました。それぐらい短い曲なんです。
 まあ、ブリュッヘンの演奏に話を戻しますと、もう一つの特徴として、少人数らしく響きが引き締まっている点があります。そのくせスケールが小さくならないのが驚きで、たぶんバランス的に管楽器を強くして、アタックを硬く決めているからだと思いますが、もしかしたらヴァイオリンだけ妙に人数が多いからかもしれません。
 なにせ、ヴィオラとチェロはそれぞれ5人づつしかいないのに、ヴァイオリンは1stも2ndも倍の10人づついるのですから。

 ちなみに、この演奏でわたしがもっとも好きな曲は第4曲のガブリエルと合唱の組み合わせの曲です。
 この曲は、第2日目の終りの部分で、天使達が神の行為を称えるという内容で(実は、このパターンは『天地創造』には多く見られます)、明るく派手な曲なのですが、冒頭にオーボエの目立つソロがあるのが特徴で、やはりこの点には魅力を感じます。
 しかし、オーボエのソロ以上に印象に残ったのはソリストのソプラノと合唱です。
 ソロのオルゴナソーヴァは非常に伸びのある声で、音楽に活力を与えています。さらに後半にスケールでオクターブ上の音まで上る部分があるのですが、ここが特に聴かせどころで、クレッシェンドしながら昇って行く様子は聴き手を大きく興奮させます。
 合唱も、アンサンブルが揃っているのはもちろんのこと、音を短く切って鋭さを出しながらも、ピアノからフォルテまでのダイナミクスを広く取ることで、スケールの大きな音楽になっています。
 この二つが上手く組み合わさって、決まって欲しいところがバシッと決まっているため、さらに嬉しくなってしまいます。(2001/12/14)


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