E.H.グリーグ 二つの悲しき旋律

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1931年6月3日
発売及び
CD番号
Pearl(GEMM CDS 9070)
EMI(CDH 7 69956 2)
東芝EMI(TOCE-8191〜99)


このCDを聴いた感想です。


「二つの」というタイトル通り、この曲は「胸のいたで」と「過ぎた春」の2曲から成り立っています。
 両曲とも、歌曲からグリーグ自身の手によって弦楽合奏曲に編曲された曲で、「胸のいたで」が3分半程度、「過ぎた春」が4分半程度、と短く、演奏会ではよくアンコールなどで取り上げられるようです。
 さらに、「悲しき旋律」との名前の通り、どちらの曲も、基本的にメロディーに伴奏がついた形で、しかも同じように悲しげな短調系のメロディーです。
 ということは、雰囲気もよく似ているのですが、メンゲルベルクは、この二曲に、かなりはっきりとした違いをつけて演奏しています。
 悲しげな雰囲気は同じですが、「重と軽」、「静と動」、「縦と横」といった具合に、対照的な性格付けをしています。
 今挙げた要素で、1曲目の「胸のいたで」に当てはまるのが、前者の「重、静、縦」です。
 メロディーがメインではあるのですが、それと同じくらい、縦に音が積み重なる響きが重視されています。
 静というのは少し大げさな言い方ですが、一つのメロディーを演奏する間に、テンポはどんどん遅くなっていき、メロディーの最後で極限まで行って、次のメロディーが新たに始まる時点で、また最初のテンポに戻る、というパターンを繰り返しています。
 メロディーの最後の、もっともテンポの遅くなった部分では、あまりにも極端にテンポを落としているため、ほとんどメロディーとしての姿はなくなり、音それぞれが独立して、それがたまたま並んでいるだけみたいに聞こえるほどです。
 その代わり、その音の一つ一つは、メロディーとしての姿が薄くなってくるのと反比例するかのように、さらに力が入り、一発の音の重さも、指数関数的に急激に重みが増してきます。
 たしかに楽譜上もフォルテだったり、fz(フォルツァンド)の指定があったりと、グリーグ自身もそういう傾向を持たせる意図があったとは思いますが、メンゲルベルクの演奏は、その意図を、400%で拡大コピーしたみたいに、はるかに大げさに極端にやっています。
 グリーグの意図を、ビクともしない壁を痛切な思いで殴りつけている姿としたら、メンゲルベルクの演奏は、壁を殴りつけた瞬間、壁に穴があくどころか、壁自体が粉々に砕け散っているみたいです。
 一方、2曲目の「過ぎた春」には、1曲目の「胸のいたで」とは逆に、「軽、動、横」が当てはまります。
 メロディーを一層強調するように横の流れが重視され、テンポも1曲目とは反対に前に進み速くなっていきます。
 メロディーの始まりの部分は割とゆっくりしているのですが、海の波が海岸に迫ってくるように少しずつ加速度を上げながら速くなっていき、最後は大きな白波が立つみたいに、急激にテンポを遅くして一気に盛り上げて次のメロディーに入ります。
 この序盤から中盤にかけてのテンポの加速は、まるで鰻のように、掴もうとすれば、するっと前に抜け出てしまうみたいで、このテンポかな、と思ったテンポより必ず少し速く、頭の中のイメージがその新しい速いテンポに合わせたと思ったら、音楽はさらにまた先に進んでいます。
 メロディーの最後で急激にテンポを遅くして盛り上げる部分も、一つ一つ音に力を込めて重くするのではなく、あくまでもメロディーの一部として、前の音とつながっており、その連続が、盛り上げていく大きな流れを作り上げています。
 メンゲルベルクの演奏は、両曲とも、力を入れて盛り上げているため、アンコールで聴く時のように軽く流すのには少し重過ぎますが、マーラーのアダージェットや、チャイコフスキーの弦楽セレナードのように、ある程度規模の大きい重い曲を聴くぐらいの気持ちで聴けば、演奏の濃さからして逆にちょうど良いかもしれません。(2004/5/8)


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