D.ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 ニ短調

指揮クルト・マズア
演奏ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団
カップリングショスタコーヴィチ 交響曲第1番
録音2004年1月31日〜2月3日
発売London Philharmonic Orchestra
CD番号LPO-0001


このCDを聴いた感想です。


 この曲の第4楽章のコーダ(第324小節以降)のテンポは、演奏によって解釈が大きく2種類に分けられます。楽譜に指定されているテンポを、四分音符への指定ととるか、八分音符への指定ととるかという違いで、楽譜上の見た目は、音符に旗が有る無しのちょっとした差でしかありませんが、テンポにすると倍違ってくるため、聴いた時の印象も全く異なります。
 最近、ふと手持ちの演奏(10種類)ではテンポが速いものと遅いもののどちらが多いかと思い、改めて聴きなおしてみました。
 ザンデルリングやロジェストヴェンスキーなどのソヴィエトに縁が深い指揮者の演奏は遅いなあ、ロジンスキーの爆裂な速さは圧巻だな、ハイティンクはちょっと珍しい両者の中間のテンポか、などと感心しつつ聴いていましたが、このマズアの演奏を聴いた瞬間、思わず耳を疑いました。
 この演奏の感想や批評ではまず真っ先に語られている通り、信じられないくらい遅いテンポなのです。
 コーダの部分では、コントラバス以外の弦楽器は、ほとんどずっと八分音符で同じAの音を刻んでいます。速いテンポの演奏では、この八分音符の間隔がかなり詰まっており、 二分音符を一拍として捉えた時に、その一拍は八分音符4つが入るとかなり窮屈そうで、それより細かい音符を入れようとするとつながって一つの音に聞こえてしまうのではないかと思えてくるほどです。これが、多くの遅いテンポの演奏の場合は、その半分の速度ですから、入れようと思えば八分音符の間にもう一音、16分音符を入れてもなんとか一つ一つの音をちゃんと聞き分けられそうです。ところが、マズアの演奏の場合は、さらにもう半分、32分音符ぐらいの細かさまで入りそうです。それだと速い演奏の1/4のテンポということになりますから、さすがに実際にはそこまで差は無いのでしょうが、聴いている感覚としては、1/4の速度と言われても思わず納得してしまうぐらい、広大な音楽になっています。日本のような起伏に富んだ地形を見慣れている人が、シベリアなどに行って地平線を初めて見た時と、きっと似たような気持ちになるのではないでしょうか。
 最後のテンポの遅さのインパクトがあまりにも強いため、そこばかり印象に残りがちですが、他の部分も改めて聴くと、いろいろ気づく点が多くあります。
 なにより、非常ていねいに、細かい部分まで神経を行き届かせて演奏していることにハッとしました。
 ライブ演奏ですが、勢いで観客を圧倒させるのではなく、メロディーのちょっとした動きから伴奏の伸ばしの音に至るまで、細かく強弱を決めて歌わせ、それがまたオーケストラの隅々までちゃんと徹底されています。
 まるで精巧な細工を見るようです。全体はどちらかというと柔らかい雰囲気がずっと続くため全体としては統一感がありながら、部分では色合いが微妙に変化を見せ、聴き込むほど味わいが感じられる演奏です。
 テンポも、最後こそ驚かされるようなテンポでしたが、他の部分ではそこまで驚愕するような極端なテンポではありません。たしかに多少遅めではありますが。しかし、そのテンポはずっと一定のまま進むのではなく、メロディーの動きにあわせて微妙に伸び縮みさせています。そのテンポ変化はメンゲルベルク等のように明らかに強調するのではなく、さりげなく自然なもので、この変化により、音楽がさらに表情豊かになっています。
 ただ、勢いでガンガン進めているわけではないので、ライブ特有の豪快な演奏を期待するとがっかりする羽目になります。
 さらに、音楽がフォルテになっても、決して音が多少荒れるのを犠牲にして力の限り演奏したりはしませんし、ガンとぶつけるようなインパクトのあるアタックも無いため、全体としてはまとまりはあるものの大人しい演奏と感じる人も多いと思います。
 しかし、その代わり、響きはライブと思えないほど澄んでいます。それはフォルテになっても変わらず、幅広く厚みのある響きながら、圧迫感は無く、風通しが良く、むしろ大きく広がる開放感があります。
 この澄んだ響きが、最後の遅いテンポの部分で、大きな利点となります。
 テンポが遅いと、どうしても音楽が重たくなり、くどさや暑苦しさがにじみ出てきます。
 この演奏では、テンポが遅くても響きが澄んでいるため、重苦しさやくどさがかなり薄れ、スピード感が感じられました。このため非常に聴きやすく、わたしは遅いテンポ演奏というのはどちらかというと苦手な方ですが、この演奏は十分に楽しむことができました。(2009/10/31)


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