C.M.v.ウェーバー 歌劇「オベロン」序曲

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏ニューヨーク・フィルハーモニック
録音1922年4月14日
発売及び
CD番号
BIDDULPH(WHL 025-26)
SYMPOSIUM(1078)


このCDを聴いた感想です。


 メンゲルベルクの4種類ある「オベロン」序曲の中でもっとも若い頃の演奏であると同時に、メンゲルベルクの20年以上に渡る録音キャリアでも最初期の録音でもあります。
 といっても、その当時ですら、メンゲルベルクは既に50歳を超えていましたが、それでも晩年の録音に較べ音楽の流れが直線的で、若若しさが感じられます。
 曲の冒頭のアダージョの部分も、テンポこそ後年の録音よりもむしろゆっくりなぐらいですが、一つ一つの音自体はビブラートもあまりかけず、粘りはありません。
 また、ポルタメントは結構頻繁に使われているのですが、ポルタメントのかかった次の音が意外と素直に出てきているため、表情の濃さやもったいぶった雰囲気はなく、むしろあっさりというか、淡々としています。
 まあ、一つには録音のせいもあるのかもしれません。なにせ古すぎる録音なので、本当は濃い表情付けをしていても、半分もこちらには伝わっていない可能性も十分にありますし。
 一方、これがテンポの速いアレグロに入ると、がぜん積極的になってきます。
 テンポが割と速めでカチッと固定されていて、安定感と共に前にどんどん進んで行く推進力に充ちています。
 たしかに、中間部の木管楽器のソロ等の部分では少しテンポが緩められますが、後年の録音ほど極端ではなく、音楽の流れを止める事はありませんし、張りつめた緊張感を少し緩和させておいて、その後に出てくる全合奏へ向けて緊張感を少しずつ高めて音楽を盛り上げていくという布石になっています。
 それに、これも録音の事情でもあるのですが、音に響きがほとんど無いため、逆に音のキレが良いように聞こえ、畳み掛けるような勢いが感じられます。
 特に後半から最後にかけては、テンポもどんどん速くなって行き、貧弱な録音を忘れさせるぐらいの迫力があり、圧倒されました。

 さきほどから、しきりに『録音』『録音』と書いていますが、実際の録音を聴いて頂ければ、すぐに納得してもらえそうなぐらい、録音は良くありません。
 いや、当時としては、雑音も比較的少なく、それぞれの楽器の音と動きも意外なほど鮮明に聴き取れるのですが、あくまでも『当時としては』の話です。
 特に、機械録音というハンデは大きく影響しています。
 この感想を書く際に、参考として1928年にコンセルトヘボウ管とした演奏をちょっと聴いてみたのですが、わかっていても、聞いた瞬間、演奏の内容以前に、音のあまりの違いに目を見張りました。
 このニューヨーク・フィルとの演奏から6年は経っていますが、まだ20年代ですし、電気録音が始まってからもそう経っているわけではなく、実際、年代相応でそれほど良いという録音でもないのですが、それでもその差は歴然としていました。
 やはり一番違うのは音そのものです。
 機械録音は音に瑞々しさが無く、音と聴き手の間にカーテンを10枚ぐらい隔てているかのように音に霞がかかっています。
 それに、響きですね。
 どうしても、全体がまとまった響きにならず、それぞれの楽器がバラバラに聞こえてくるような印象を受けます。
 ただ、それは演奏する方も十分に自覚していて、本来は弦楽器だけの部分にも金管楽器を重ねたりして、少しでも輪郭をハッキリさせようとしている努力は非常によく伝わって来ます。

 最後に、ちょっと印象に残った部分を一点。
 曲の終り近くで、ヴァイオリンがフォルティッシモで『タラターラ、タラターラ…』というメロディーを弾いていて、木管楽器が『タッタタタ、タッタタタ』という伴奏をしている組み合わせが、三回登場するのですが、その三回目の途中で木管がリズム打ちから『ターーラターーラ…』と上から降りてくるメロディーに変わります。
 この木管のメロディーを、メンゲルベルクは特に強調しています。
 たしかにメロディーですからそこで目立って良いのですが、それにしてもかなり極端に聞こえます。
 しかも、これは4種類の演奏全てに共通しています。
 わたしも、以前から『そういう指示をしているのかなぁ』とは思っていたのですが、後に、DVDの演奏を見て納得すると共に確信しました。
 その部分でメンゲルベルクは、指揮棒を曲の中で最も高く上げ、こここそ曲のクライマックスとしているのです。
 なるほど、これだったらあれほど強調して演奏されているのもよくわかりました。(2003/5/24)