C.M.v.ウェーバー 歌劇「魔弾の射手」序曲

指揮トーマス・ビーチャム
演奏ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団
カップリングモーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」序曲 他
「BEECHAM conducts FAVOURITE OVERTURES Volume2」より
録音1936年11月27日
発売DUTTON(Columbia)
CD番号CDLX 7009


このCDを聴いた感想です。


 メロディーの歌わせ方がとても生き生きとしています。
 ちょっとした動きにも歌があり、一つ一つの音に明るさというか楽しげな感情があふれています。
 しかも、その感情のつけ方は、いかにも歌わせようという気持ちをあからさまに見せようとしたような強引なものではなく、内からこみ上げて来るはつらつとした気分がそのまま表れたかのように自然に表現されています。
 メロディーが上に上がるにつれて、感情が高ぶって音が強くなり、頂点をすぎるとすっと引くという歌わせ方自体は他の指揮者でもやっていることです。しかし、そのサイクルがまるで呼吸をしているかのようにリズムがあるため、聴いていても素直に流れを受け入れられのです。
 その一方で、面白いことに、押して引くという流れは自然なものの、そのサイクルが短いためか、メロディー全体を見ると、大きく歌っているというほどでもありません。
 つまり、スケールはそう大きくないのです。
 個々のフレーズは自然に感情があふれていて細部は素晴らしいできばえです。ところが、それが組み合わさってもっと大きなものができるかと言えばそうでもありません。
 例えば、劇中のヒロインのアガーテの純愛を表す主題であり、クラリネットやオーボエで演奏される、ドーシドレド、ファーミファソフォ、ラーソファミレ、レードというなだらかなメロディーがあります。この演奏では、部分部分の、ドーシドレドといった1小節内での歌い方は、短い中にも緊張と緩和があり、とても表情が豊かです。しかし、それがつながって4小節のメロディーとなった時に、全体としての強弱や盛り上がりはそれほど感じられません。部分内でドラマが完結してしまいそれぞれのつながりが弱くなっています。
 まあ、逆に言うと、あまりにも部分内で表情が豊かなため、どうしてもそちらに意識が行ってしまい、全体として多少強弱が付いたぐらいでは目立たないという点もあるのかもしれません。
 しかし、その全体としてスケールがそれほど大きく感じられない点を差し引いても、細部の素晴らしさは特筆ものだと思います。
 例を挙げていったら限がありませんので、一番印象に残った場所を挙げておきます。
 テンポが速いモルト・ヴィヴァーチェになってからしばらく行った所で、クラリネットの長いソロが入る直前に、それまでの暗い雰囲気から、弦楽器が1小節内で2オクターブ駆け上がって一気に明るくなる部分があります。時間で言うと4分24秒頃です。
 この駆け上がりが、まさにうれしさがあふれ出たように一気に上昇していきます。しかも感情任せに勢いだけで上がるのではなく、アンサンブルが整然としているため、効果がさらに増しています。
 ついでに、その頂点に上がった後に入ってくる、ホルンのファンファーレみたいな和音も、ピタッと揃っている上に、明るさと力強さを兼ね備えた響きで、聴いていてとてもうれしくなって来ます。
 録音は1936年ですから相当古いものの、DUTTONらしい雑音が少なく響きに厚みがある音なので、聴くのにほとんど支障はありません。
 響きの厚みはおそらく人工のエコーがかかっているためもあるでしょうから、好みが分かれるところだと思います。わたしは、エコーがかかっているといっても風呂場のようなモワッとした響きになっているわけではなく、音にもキレが感じられるため、むしろ好んで聴いています。(2009/7/4)


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