C.H.パリー 「イェルサレム」

編曲 : E.エルガー

指揮ロジャー・ノリントン
演奏ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団
ロンドン・フィルハーモニック合唱団
録音1996年6月28日、7月2・3日
カップリングT.アーン 「ルール・ブリタニア」 他
「威風堂々〜イギリス音楽の祭典!」の一部
発売ポリグラム(DECCA-LONDON)
CD番号POCL-1749(455 147-2)


このCDを聴いた感想です。


 この曲は、ロンドンの夏の祭典「プロムス」のラストナイトにおいて、最後に演奏される英国国歌の直前に歌われる曲として、よく知られています。
 ところが、わたしがこの曲を知ったのは、実はプロムスで演奏されていたからではありません。
「エマーソン、レイク&パーマー(EL&P)」という、70年代に活躍した、プログレッシブ・ロックバンドがありまして(ムソルグスキーの『展覧会の絵』のロック版でも知られています)、そのバンドのアルバム『恐怖の頭脳改革』に収録されて演奏により初めて耳にしたのです。
 聴いた瞬間、きれいなメロディーと、チャイムやティンパニーまで駆使したクラシック風の響きに魅了されたのですが、この曲を聴いた当時(……さすがにLP発表とリアルタイムではありませんでしたが)、わたしはまだ中学生ぐらいで、それがクラシックからの編曲とは全く気がつかず、てっきりEL&Pのオリジナル曲だと思っていました。
 そのころ既に、このバンドは『展覧会の絵』を筆頭にクラシックからのアレンジを多く取り入れているバンドということを知っていましたし、なにより、アルバムにもちゃんと『パリー作曲』と書いてあるにもかかわらず全然気が付かなかったのは非常に間抜けな話なんですが、なんとつい最近まで約15年間、全く疑いもしませんでした。
 それが、ある時、何かの拍子に「あの曲は、元があって賛美歌か何からしい」という情報を耳にして、「あ、あの曲って、オリジナルがあったんだ」と気が付いたのですが、賛美歌だけでは漠然としすぎてますし、それにどうせ昔の無名作曲家か作曲者不詳かなにかで探しても無駄だろうと思い、特に元の曲を探そうとも思いませんでした。
 ところが、さらに最近になって、「作曲者は、昔どころか19世紀末という最近に活躍していた作曲家で、しかも、曲名もそのまんま『イェルサレム』らしい」と知り、初めてちゃんとCDを探す気になりました。
 そこでCDショップで訊ねてみたのですが、国内盤はたしかにこのCD一枚きりしか発売されていませんでしたが、輸入盤は予想を遥かに超える種類がカタログに載っているではありませんか!
 とりあえず、唯一の国内盤であるこのCDを買い、リーフレットを読んで、その時初めて、プロムスのラストナイトで毎回演奏される曲という事を知ったのです。
 なるほど、輸入盤が数多く出ている理由がよくわかりました。

 この曲のオリジナルの編成は、オルガンの伴奏による合唱曲なのですが、プロムスでは、後にエルガーによってオーケストラ伴奏に編曲された版が使われ、このCDもそのエルガー版による演奏です。
 わたしは、上記に書いた通り、元々EL&Pの演奏によりこの曲を知ったクチなので、どうしても、EL&Pと較べてしまい、メロディー自体は同じとはいえ、伴奏の違いに目が行ってしまいます。
 エルガー編曲の方がオリジナルに忠実で、素朴で暖かく安らかな雰囲気があるのですが、その反面、EL&Pの方がストイックで、間近に終末が迫っているような切迫感と緊張感があります。
 また、細かい部分でも、EL&Pの方にある、チャイムとティンパニーの使い方や、2番の歌詞に絡んでくる対旋律は印象的で、エルガー版に無い良さがあります。
 反対に、エルガー版には、厚い弦に支えられた雄大な響きや、合唱ならではの迫力、管楽器による力強さがあり、特に、ありがちといえばありがちなんですが、2番の途中に出てくる、低音から高音へ向かって一気に駆け上がる音階は、エネルギーが噴水のように噴き出し、曲を大きく盛り上げています。

 また、この曲は、歌詞も曲のイメージを決定付けるのに大きな意味を持っています。
 もともと、ウィリアム・ブレイクが書いた詩の方が先にあり、詩が書かれた約一世紀後に、パリーが曲をつけたのです。
 詩の内容自体は、思いっきり要約すれば『イングランドの地にエルサレムを打ち立てよう』という内容で、非常に愛国主義的要素の高いものです。
 さすがに、あまりのイングランド中心の歌詞には疑問を持つ人もあり、EL&Pが原曲をほぼそのまま踏襲したのとは反対に、同じ英国人がつくったものながら、『「エルサレム」を歌う事。それは死に行く国歌への鎮魂歌だ……物事が悪い方向に向かっている時、あなたは声を張り上げて「エルサレム」を歌う。しかし忘れないで欲しい、それは単なる歌に過ぎない事を』といったような歌詞の、『ニュー・エルサレム』という曲も存在しています。
 ちなみに、この『ニュー・エルサレム』という曲は、中心となるメロディー自体はパリーの『イェルサレム』と何の関連もありませんが、曲の途中で、パリーの『イェルサレム』の序奏が引用されています。
 ここで登場する『イェルサレム』は、変に捻じ曲げて演奏したものではなく、ほぼ原曲通りに壮大に登場するのですが、真面目に壮大であればあるほど逆に空々しく偽善的に聞こえてきます。
 まあ、そんな偽善くさいところが哀れで、逆に悲劇的な美しさがあったりもするのですが……
 まあ、話がちょっと脱線してしまいました。
 形式としては、1番と2番の各8行ずつ、合わせても16行の短いもので、1番ではイングランドの美しい自然を中心に静かに四つ問いかけ、2番では打って変わって、四つの武器と共に激しく自らの意志を誓うといった感じに、きれいに対比されています。
 ただ、原詩の方ではありませんが、日本語訳の方に一箇所、どうしても気になる部分があります。
 それは、1番の最後の『And was Jerusalem builded here among those dark Satanic mills?』という歌詞の、最後の『mills』の訳です。
 わたしが今までに見かけた邦訳では、だいたい水車小屋とか小屋とか製粉所とか工場とか訳されていました。
 詩が書かれた当時、水車小屋や製粉所がどれだけ多かったかは知りませんが、わざわざ緑の山や丘と対比させるほどなのか?
 さらに、「悪魔的な」小屋って何だろう?
 たしかに、人造建造物の事を比喩的に「悪魔の小屋」と捉える事もできるかもしれませんが、それにしてはmillsの表す範囲がちょっと狭すぎるような気がします。
 わたしは、イングランドの風土や歴史はおろか、英語力も非常に怪しいものなので、間違っているとは思いますが、わたしは、この『mills』を『millenniums(千年紀)』の短縮形ではないかと考えました。
 そうすれば、『Satanic mills』は、キリストが磔になった後、再臨するまでの『悪が支配する闇の千年紀』という意味に取れ、その間はエルサレムは打ち立てられなかったと、読むこともできるのではないか思います。
 ただ、実際に現在を悪魔の支配する時代という考え方がイギリスにあったかどうかはわかりませんし(他の国で時代も異なりますが、それに近い考え方の一団がたしかに存在はしていました)、そもそもmillenniumsをmillsと略するかどうかも怪しいぐらいですから、まあ、珍説の類ぐらいに考えてください。(2003/5/31)