B.A.チャイコフスキー ピアノ三重奏 ロ短調

演奏ピアノ:ボリス・チャイコフスキー
ヴァイオリン:ヴィクトル・ピカイゼン
チェロ:エフゲニー・アルトマン
録音1960年
カップリングB.A.チャイコフスキー 弦楽四重奏第6番 他
発売BOHEME
CD番号CDBMR 907084


このCDを聴いた感想です。


 チャイコフスキーといえば、上の名前はピョートル・イリイチ。
 わざわざ上の名前をつけなくても、作曲家のチャイコフスキーといえば、この有名な作曲家の事に決まっています。

 ところが、ここにもう一人のチャイコフスキーがいました。
 それが今回取り上げる作曲家、『ボリス・アレクサンドロヴィッチ・チャイコフスキー』。一般的にはボリス・チャイコフスキーと呼ばれています。
 ピョートル・イリイチが活躍したのが19世紀なのに対して、ボリスが活躍したのは20世紀。1925年生まれで、つい先年の1996年に亡くなったばかりですから、ピョートル・イリイチのちょうど100年ぐらい後に活躍したというわけです。
 ただ、同じ土地で活躍していながらも、取り巻く社会体制は100年の間に大きく様変わりしてしまいました。
 いわば、ピョートル・イリイチは『ロシアのチャイコフスキー』。ボリスは『ソ連のチャイコフスキー』といったところでしょうか。
 実は、ボリス・チャイコフスキーは、ショスタコーヴィチやミヤスコフスキーといった国際的に広く名を知られた作曲家ほどは著名ではありませんでしたが、ソ連の作曲家の中では、かなり重要な作曲家です。
 しかし、たまたま大作曲家と同じ苗字であったがために、ピョートル・イリイチの影に隠れてしまい、あまり語られる事はありませんでした。
 ただ、逆にボリスの名前を耳にした事がある者にとっては、ピョートル・イリイチと同じ苗字である事が逆に、興味をそそられる点でもありました。
 かくいう、わたしもその一人で、「ソ連で高く評価されていた、あの『もう一人のチャイコフスキー』の音楽とは一体どんなものだろうか?」と、野次馬根性丸出しで買ってみたのが、このCDでした。まあ、バーゲンで500円という破格の価格で売られていたからという点も大きいのですが(笑)

 今回取り上げるのは、そのCDに入っていた3曲の中で、最も若い頃の作品であるピアノ三重奏です。1953年に完成していますから、まだ28歳の時の作品です。
 全体的な雰囲気としては、ロシア民謡っぽい現代音楽といった印象を受けました。
 基本的に常に不協和音が鳴り響いているようないわゆる『現代音楽』で、リズムも硬く、メロディーもいかにも『エイコーラ』的なロシア民謡からは遥かに離れているのですが、それでもなお、全体からは引きずるような哀愁が漂っているのです。
 なかでも第1楽章にはその特徴が研著に表れています。
『トッカータ』という標題で、速度記号もプレストと指定してあるだけあって、冒頭から恐ろしいスピードで突っ走っていきます。
 アタックも叩きつけるような硬い音で、伴奏もミニマム・ミュージックのように似た形が少しずつ変化していくような複雑なもので、さらには拍子の変更もおそらく頻繁に行なわれているのではないかと思います。
 メロディーもアクセントの位置がコロコロ変るようなややこしいリズムなのですが、全体の流れは、なぜかロシア民謡を思い起こさせるような憂いに充ちています。
 スピード感に溢れている事もあって、まるでトロイカでシベリアの大地を疾走しているかのようなイメージが浮かんできます。
 逆に第2楽章は、『アリア』という標題がつけられているだけあって、メロディックです。
 テンポも、アダージョで始まり後にアンダンテと、ゆったりとしています。
 ただ、この楽章は、哀愁というよりも『寒さ』を感じます。
 もちろん、基本的に短調系の音楽という理由もあるのですが、部分的に長調になった部分ですら寒さがあります。
 例えば、暖炉で火が燃えていても、それが広い部屋の遥か彼方の壁際にあるかのようで、たしかにそこは暖かいのに、手許までは暖かさが伝わって来ないで、かえって寒さが堪える、といった感じです。
 決して、風がびゅうびゅう吹きつけるような積極的な寒さではなく、底の方からしんしんと冷えてくるような静的な寒さです。
 最後の第3楽章は、『ヴァリエーション』という標題通り、冒頭でテーマが演奏され、それが次第に展開されていきます。
 テーマ自体は、第2楽章からそのまま雰囲気を引きずってきたかのように寒寒としています。
 このテーマはピアノだけで演奏されるのですが、第1変奏でヴァイオリンが入ってきた辺りから俄然哀愁を帯びてきます。
 これがさらに様々な形に展開されていくわけですが、いくら展開していっても決して明るくなる事はありません。
 黄昏時のように、いくら長調になっても、明るいというよりもむしろ逆に余計に寂しげな印象を受けます。
 むしろ激しい短調の部分の方が、怒りのような力強さが感じられる分だけ、気分的にはまだ救われた気になります。

 演奏しているメンバーは、そのまま初演時のメンバーでもあるのですが、ピアノを担当しているのは、作曲者のボリス・チャイコフスキー自身です。
 実は、ボリス・チャイコフスキーは、作曲家としてばかりか、ピアニストとしても名高かったそうです。

 このCDは、興味本位で買ったにもかかわらず、予想以上に良い曲に巡り合う事ができました。
 次は、管弦楽曲辺りをぜひ手に入れたいところです。(2003/1/25)