A.V.モソロフ 鉄工場

指揮エフゲニー・スヴェトラーノフ
演奏ソヴィエト国立交響楽団
録音1975年
カップリングA.V.モソロフ 三つの子供の情景 他
販売BMG(Melodiya)
CD番号74321 56263 2


このCDを聴いた感想です。


 今回(2003/6/14)は、特に深い理由があるわけではありませんが、単なる気まぐれにより、鉄工場物をニ連発でお送りしたいと思います。
 鉄工場にちなんだ曲だと、今回はもう一曲にバラダの鋼鉄交響曲を採り上げていますが、よく知られているのはこちらのモソロフの鉄工場の方でしょう。
 鉄鋼交響曲が、1960〜70年代のピッツバーグの鉄工場をテーマにしているのに対して、モソロフの鉄工場は、1920年代のソヴィエトの鉄工場がテーマであり、同じ鉄工場でもかなり隔たりがあります。
 演奏時間の方も、鉄鋼交響曲が約20分弱ぐらいなのに、鉄工場の方は、バレエ音楽からの抜粋ということもあって、せいぜい3分程度と大きく異なるのですが、たしかにどちらの曲も、工場でひっきりなしに動いている機械をそのまま音にしていて、その点で前衛的である事は共通しています。
 しかし、同じ前衛的な現代音楽でも、モソロフの鉄工場とバラダの鋼鉄交響曲では、作曲された年代の差が表れています。
 鋼鉄交響曲は、作曲されたのは1970年代であり、無機的な色合いがより強く、メロディーも和声も半ば崩壊していますが、鉄工場は、1920年代の作曲だけあって、そこまで突き進んだ現代音楽ではありません。
 テンポはほぼ一定ですし、和音にも調性があり、単純なリズムの繰り返しが曲の核とはいえ、ホルンを中心として朗々と歌われるメロディーも重要な要素です。
 そういった点では、鋼鉄交響曲よりも、むしろ、同じように動きを音にした音楽であるオネゲルの「パシフィック231」や「ラグビー」の方によく似ています。
 特に、パシフィック231とは、機関車と工場という違いはあるものの、規則的に動いている機械という点で共通していて、鋼鉄交響曲の人を突き放したような冷たさとは全く対照的に、両者とも熱いエネルギーにあふれています。
 そのエネルギーが3分という短い時間の中に、これでもかとばかりに詰め込まれており、弦楽器や木管楽器は猛烈なスピードで動き続けるクランクシャフトのように細かい動きを延々と繰り返していますし、金管は長い音をフルパワーで吼えるように吹き鳴らしているか、短い音をケコケコケコとヒステリックに繰り返していますし、打楽器に至っては、ただでさえ冒頭から高いテンションで叩いているのに、曲が進むに従ってさらにテンションが上がって行き、最後には発狂した如く、腕も折れよとばかりに連打しています。
 それは、まさしく溶鉱炉のように熱く、そしてそこには、何よりも、機械と一緒に働いている『人間』を感じさせます。
 機械がけたたましく騒音を上げるなか、機械の騒音に負けないよう大声でのやり取りが飛び交う、そういった人と機械が一体となって製品を次々と産み出して行くような活気は鋼鉄交響曲にはないものです。
 これだけ短い曲ですが、そのあまりにも濃すぎる内容は、一回聴いただけで二度と忘れられないぐらいの強烈なインパクトを与えてくれました。(2003/6/14)