A.シェーンベルク 5つの管弦楽曲

指揮エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1951年10月12日
カップリングレスピーギ 「ローマの噴水」 他
「Eduard van Beinum Concertgebouw Orchestra LIVE The Radio Recordings」の一部
発売Q DISC
CD番号97015


このCDを聴いた感想です。


 シェーンベルクといえば12音技法。特にこの曲はシェーンベルクの作品の中でも12音技法のハシリとなった曲の一つだそうです。
 12音技法といえば現代音楽。12音技法が、現代音楽をいわゆる「ゲンダイオンガク」として、半ば皮肉っぽく言われるようにした主犯格の一つなのは、まあ間違いが無いところでしょう。
 その12音技法の曲で、しかもシェーンベルクの作曲とくれば、これはもういかにもゲンダイオンガクらしい音楽で、きっとわけのわからない曲に違いない。そう予想して聴いたのですが、いざ聴いてみると、なんだか拍子抜けしてしまいました。
 なんだか予想よりはるかに聴きやすい曲でした。
 たしかに、ひたすら不協和音ばかり延々と続くところはゲンダイオンガクっぽいのですが、12音技法で最も注目していたメロディーは、理解不能なめちゃくちゃなものではなく、それどころか少し頑張れば歌えそうなぐらいで、意外と常識的です。調性にのっとって書かれていたといわれても疑わなかったと思います。
 他にゲンダイオンガクっぽいところは、せいぜい長いメロディーのような一定した横の流れがあまりなく、音楽が断片的というところでしょうか。メロディーがあっても長くは続かず、すぐ次から次へと変わっていきます。ただ、その瞬間瞬間だけに注目して聞くと、破綻や驚かせられるような飛躍はほとんどなく、どちらかというとキチンとまとまっているという印象を受けるぐらいです。
 演奏時間はトータルでも15分ほどで、その中がタイトルどおり5つの曲に分かれています。曲によって演奏時間に多少の差はありますが、どの曲も、短くても2分、長くても4分ぐらいの間におさまっています。
 第1曲目の「予感」は、大人しく始まって次第に盛り上がっていきますが、この曲はリズムが印象に残ります。
 ショスタコーヴィチの交響曲第8番の第3楽章を思わせるような一定の動きを繰り返す機械的な伴奏がよく登場しますし、この曲だけ出番があるティンパニーも同じ動きで、しかもかなり目立っています。このティンパニーの強調は、もしかしたら演奏しているヴァン・ベイヌムの意向によるものかもしれません。
 第2曲の「過ぎ去ったもの」は、まさに過去を後悔するような憂鬱な雰囲気の曲です。
 暗く殺伐としている点では、一番無調らしく聞こえます。とにかく重く、いろいろ動きが出てきますが、どの動きも底の方から引っ張られて、最後は沈み込んでしまいます。
 第3曲の「色彩」は、ゆっくりとしたところといい暗いところといい第2曲とわりと近い雰囲気です。
 そう、「色彩」というタイトルがついているのに、ほとんど彩りはありません。灰色の無彩色といった方がよほど近いぐらいです。
 さらに、第2曲が憂鬱とはいえ、殺伐とした気分を感じるぐらいハッキリとしていたのに較べ、この曲は、全てがもやの中のようにあいまいです。ただ、個人的には、そのもやもやした中で、ゴチャゴチャと細かい動きが蠢いて、時々思い出したように顔を出すところが結構好きだったりしますが。
 全曲中で最も激しいの第4曲の「急転」です。
 テンポ自体も速いらしいのですが、テンポの速さよりも、強弱の急激な変化に驚かされます。
 ピアニッシモぐらいでゆっくりと動いていたかと思うと、何の脈絡も無く唐突に金管の激しいフォルティッシモが入ってきたりと、飛躍という点では、もっとも現代音楽らしい曲といえるでしょう。ただ、不協和音で叩きつけるように登場するのでたしかに驚かせられるものの、フォルティッシモの中では、意外とまともにメロディーに近い動きをやっていたりします。
 第5曲の「序奏付きレチタティーヴォ」は、それまでの4曲とは少し異なる印象を受けます。
 上手くいえないのですが、それまでの4曲がいくらフォルティッシモになっても、どこか室内楽的な、和音無しの動き同士の組み合わせという感じがしたのに較べて、この曲は、管弦楽的というか、厚みを感じます。
 別に演奏している楽器が増えているわけではなく、むしろ第4曲に較べれば減っているぐらいですが、一体の響きとして厚く聞こえます。
 また、横の流れがあまり切れず、変化してもつながりがあります。この辺りがレチタティーヴォということなんでしょうか。それはちょっとわかりませんが。
 わからないのは、むしろ最後で、なんだかまるで曲の途中のように、尻切れトンボで終わっています。
 わたしはこの演奏しか聴いたことが無いので、こういうものだと思いましたが、もしかしたら、録音状態が悪く、本当に曲の途中までしか録音されなかったのかもしれません。なにしろ、1950年ごろのライブ録音ですから、そうであっても不思議ではありませんし。
 それにしても、12音技法というと、つい身構えたくなってしまいますが、こういう曲ならわりと受け入れられやすいのではないでしょうか。
 もちろん、ベートーヴェンやモーツァルトを聴くようにはいきませんが、現代音楽にも手を出してみたいけど、あんまりわけわからないのだとちょっと…… と、なかなか踏み込めないでいるわたしのような聴き手に入門用としてわりと良いのではないかと思います。(2006/11/4)


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