A.P.ボロディン 「だったん人の踊り」歌劇「イーゴリ公」より

指揮ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
演奏パリ管弦楽団
録音1972年1月6〜8日
カップリングR=コルサコフ スペイン奇想曲 他
「ロシア名管弦楽曲集」の一部
発売東芝EMI
CD番号TOCE-19017


このCDを聴いた感想です。


 軽く明るめの演奏です。
 曲はタタール地方の勇猛な騎馬民族ダッタン人の踊る様子の描写のはずなのに、演奏しているパリ管の色の方が強く、きれいさっぱり塗り替えられています。
 大地を踏みしめ駆けて行く重量感や荒々しさはほとんど消し去られ、気分はもうパリそのもので、ヴェルサイユでの舞踏会の間違いではないかと思えるぐらい洗練されています。
 さらに、昔のパリ音楽院時代とも一味違い、ギラギラと輝くような極彩色でもありません。
 以前感想を書いたパリ音楽院管当時のシルヴェストリの演奏では、それぞれの楽器がこれでもかとばかりに独自の音色を追求していましたが、パリ管になると、だいぶ楽器同士の音色が近づき、全体としてはキラキラと白く淡く光る音色になりました。
 まあ、近づいたといってもパリ管ですからドイツ系ほどの統一感はありませんし、その分、明るく華やかです。なかにはコールアングレ辺りのようにパリ音楽院管時代に近い音色を残している楽器もありますし。
 しかし、それ以上にパリ音楽院時代を思い出させてくれるのがタンバリンです。
 相変わらずテンポにちゃんと乗っていません。
 もしかして同じ人が演奏しているのでしょうか。さすがにシルヴェストリの時ほど大きくズレてはいませんが、それでも普通に聞いていてもすぐに気が付くぐらい不自然なのです。(まあ、タンバリンだから特に目立つというのはありますが)
 これはもしかしたら、パリ管だけの特殊な伝統があったり、微妙にズラす高度な芸なのかと一瞬考えましたが、タンバリンが一番目立つだけで、実は他の楽器もところどころ合ってないところを見ると、たぶん地なんでしょうね。もともとそういう縦の線をあまり気にするオーケストラではありませんし。
 とはいえ、序奏のゆったりした部分が終わってアレグロに入ってから、木管楽器のソロや弦楽合奏で速い動きがあり、これがまた揃いも揃って前に突っ込み気味なのには、さすがに「これは大丈夫か?」と心配してしまいましたが。
 ただ、音自体は細かい音符までキチンと吹いていて、メロディーを演奏している楽器同士のリズムは揃っていますから、指がまわらなくて転んでいるのではなく、おそらくメロディーの勢いを強調するあまり前に突っ込んでいるのでしょう。たしかに切迫感はよく伝わってきます。

 この演奏で、もう一つ「これは良い!」と思ったのが曲の最後の部分です。
 この曲には合唱が入るバージョンとオーケストラのみのバージョンの二つがありますが、楽譜には大きな違いは無く、大雑把に言えば、オーケストラだけの演奏の上に合唱が重なるか重ならないかの違いだけです。
 で、曲の最後の部分、正確には最後から3、4前の2小節間ですが、ここは4小節前の3拍目と3小節前の1、3拍の三つの表拍を合唱が同じ音で歌い、オーケストラが2、4拍という裏で合いの手を入れるという形で、最後の高い音の伸ばしへの前触れとなる非常に堂々とした部分です。
 ところが合唱が入っている場合は問題ないのですが、オーケストラだけの場合、単純に合唱が抜けるだけなので、表が無く裏の合いの手だけになってしまい、間が抜けたような感じがして、わたしは聞くたびにいつも不満を感じていました。
 この演奏も合唱が無いバージョンですが、その抜けている合唱の三つの音をトランペットに吹かせて補っています。
 トランペットであれば、単体(おそらく2本のソリでしょう)でもオーケストラ全体に全く引けを取らず、合唱が入っている時と同じくらい充実した響きになり、わたしは十分に満足しました。
 実は、こういうトラペットに合唱部分を吹かせるという編曲は、ロジェストヴェンスキーだけではなく、他にもいくつか同様の事をしている演奏もあります。
 とはいえ、他の演奏はともかく、ロジェストヴェンスキーがやるというのは、いかにも効果を大事にするロジェストヴェンスキーらしいな、と思わず納得してしまいました。

 ちなみに、この演奏は冒頭に「だったんの娘の踊り」がついています。(2005/1/8)


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