A.P.ボロディン 「だったん人の踊り」歌劇「イーゴリ公」より

指揮トーマス・ビーチャム
演奏ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団
録音1934年10月5日
カップリングビゼー 「カルメン」組曲 他
「Vintage Beecham」の一部
発売DUTTON
CD番号CDLX 7003


このCDを聴いた感想です。


 この演奏は、おそらく世間一般で言う所の『爆演』という類に入ると思います。
 なにせ、始めのゆったりとした部分は割と普通のなのですが、速い部分のAllegro vivoに入ってからは、テンポ自体が、まずかなり速めな上に、そこに乗っかってくるクラリネットのメロディーからして、他の演奏ではアーティキュレーションをキッチリ分ける事はあっても、強弱の変化なんてほとんどつけないものなのに、この演奏では何故か一つの小節の間で猛烈なクレッシェンドをかけ、次の小節の頭で急にピアノに落とし、その小節の中でまた猛烈にクレッシェンドという、他では聞いたこともないような強弱の変化のさせ方をさせているのです。(ちなみに、楽譜にはもちろん、そんな強弱の変化なんて書かれていません(笑))
 この、一つの小節の中で急激にクレッシェンドさせて、その次の小節の頭で急にピアノに落とすという歌わせ方は、なにもこの冒頭のクラリネットのメロディーに限った話ではなく、その後も、折に触れて度々顔を覗かせます。かなり妙な感じがします(笑)
 それに加えて、テンポの方は、パーカッションが煽る煽る。
 特に、スネアドラムは、常に前へ前へと突っ込んでいて、時折、オーケストラよりも明らかに先走ってるんじゃないか? と思う部分も多々見られますが、オーケストラの方もそれに引っ張られて、どんどんテンポアップして行き、最後なんか、たしかに楽譜上もpiu animatoと書いてはあるのですが、それにしても、プレストじゃないんですから、ベートーヴェン第9番の最後のように、血管が切れそうなぐらいの速さになっているのはかなりどうかと(笑)。ハッキリ言って聴いている方としては大興奮です(笑)
 スネア以外のパーカッションも負けていません。特にシンバルとバスドラム。
 この二つが同時に出てくると、さながら大爆発といった感じで、腹にズシンと来るバスドラムと弾けるシンバルの併せ技は、かなりの迫力です。
 さらに、このパーカッション群とタメを張っているのがトランペットです。
 録音の具合もあると思いますが、音が良く通る上に、突き刺すような鋭い音色なのです。
 弦楽器と木管楽器の音の壁をぶち抜いて、耳に直接飛び込んでくるほどのインパクトがあります。いやもう、半分効果音のような気さえしてきます(笑)

 これだけ凄まじい歌わせ方や奏法に加えて、ましてや曲は「だったん人の踊り」
 さぞかし、野蛮な匂いをプンプンさせた土着性溢れる演奏だと、みなさんは想像されたのではないでしょうか?
 ところが、実は、まるで正反対で、上記の特徴を兼ね備えているのにもかかわらず、実際には非常にスマートで、ほとんど土臭さを感じさせない演奏なのです。
 そういう、民衆というよりもむしろ貴族風に近い雰囲気があるのは、もちろん指揮者であるビーチャムの指向がそちらの方を向いているという点が、最も大きい要素なのですが、もう一つ大きな要素が、オーケストラの合奏能力の高さです。
 上記に、スネアドラムがオーケストラより先走ってしまう事がある、と書きましたが、実はあれは、他がピッタリ揃っているからこそ、余計目立っていたのです。
 最後のプレスト並にテンポが速くなる部分も、いくらテンポが速くなっても、アンサンブルはほとんど崩れませんし、ダイナミクスの変化もよく揃っています。
 そのため、良くも悪くも荒さが無くなり、スーツでも着込んでいるかのようにビシッと決めた隙の無い雰囲気になっているわけです。
 さらに、音色もロシアのオーケストラみたいに奔放にしてみたりはせず、常にガッチリ固まった響きである点も、大きいのでしょう。
 それにしても、この演奏が録音された1934年というのは、オーケストラが設立されて、まだ三年目です。
 いくら、ビーチャムが怒りで金にあかしてBBC響から名手を何人も引き抜いてきたとはいえ、設立からたった二年でこのレベルに達しているとは驚きました。

 そうそう、危うく忘れるところでしたが、この演奏は、合唱入りの演奏です。
 ただ、この合唱は、録音の古さによる不利をモロに被っていまして、マイクから距離があるのか、かなり引っ込み気味です。
 そのため、音量自体はそれなりに出ているのですが、細部が今一つよく聞こえません。
 個人的には、オーケストラの方があれだけ華やかに演奏しているのですから、合唱の方も思いっきり派手に演奏して欲しかっただけに、かなり残念です。(2002/12/6)


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