A.P.ボロディン 歌劇「イーゴリ公」より「だったん人の踊り」

指揮ヘルベルト・ケーゲル
演奏ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
ライプツィヒ放送合唱団
録音1970年頃(?)
カップリングムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」 他
発売BERLIN CLASSICS
CD番号BC 3005-2


このCDを聴いた感想です。


 この演奏を聞くと、わたしは『未来』という言葉を強くイメージします。

 録音自体は、1970年頃ですから別に最新というほどではありません。
 しかし、この演奏を聴いていると、『未来』……それも、子供の頃考えていたような、テクノロジーが驚異的に進化した、いわゆる『21世紀』が、どうしても脳裏に浮かんできます。

 その原因の一つは、信じられないくらい揃っている高いアンサンブルにあります。
 まるでバイオテクノロジーを思い出させるかのように、細部の細部まで精密に合わせてあり、昔、メンゲルベルクがそうであったように、あまりにも揃いすぎてかえって音が細くなっているところを聴いていると、なにか現実の世界とは違うところに行ってしまったかのようです。

 また、テンポの速い部分での音の切れ味はとても鋭く、しかもアクセント部分に重さをかけすぎずにザクザク進んでいくところは、日本刀でスパッと切るというより、鋭利な刃物を何枚も持った機械が刃物を回転させながら、力を少しもいれずにスバスバ切って行くようで、やはりあたかも未来のハイテクノロジーを見ているような気がしてきます。

 そして、最後にして最大の要因です。
 それは、この演奏からは民族臭がほとんど感じられないという点です。
 この「だったん人の踊り」という曲は、そもそも民族臭の非常に強い曲です。
 メロディーを普通に歌わせるだけで十分に土臭さを感じることができます。
 これが感じられないというのは、一つは歌わせるのをかなり抑えているという理由があります。
 さらに大きいのは、あまりにも綺麗に揃いすぎて、土臭さからは最も遠い所に行ってしまったためだと思います。
 ただ、この土臭さから遠いというのは、別に人間味が無くて機械的という意味ではありません。土着から離れた人……ある意味、都会人というのが最も近いかもしれません。

 既に21世紀に入っている現在から考えると、これからの未来において、人々から民族臭が抜けて行くとはとても思えません。
 いいえ、むしろより強くなっていくことでしょう。
 しかし、この演奏から感じられる未来は、昔漠然と考えていたような、民族の垣根が完全に無くなり、ほとんどの人はエア・カーが飛び回るような都会に住む……そんな『昔の未来』なのです。

 ちなみに、この演奏は合唱が入ったバージョンです。
 この合唱も、方向性はオーケストラと全く一緒で、怖いぐらい綺麗に揃っています。
 この合唱がオーケストラに加わるわけですから、特にハーモニーは圧倒的な迫力があります。
 フォルテで出てくるところなどは、まるで目の前に高い壁がそびえ立って仰ぎ見るかのような思いがします。(2001/6/15)


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