A.ドヴォルジャーク 交響曲第9番 ホ短調 <新世界より>

指揮ウィレム・メンゲルベルク
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1941年4月1日
発売及び
CD番号
TELDEC(243 731-2)
TELDEC(8573-83025-2)


このCDを聴いた感想です。


 この「新世界より」という曲は、それ以前の第7・8番に較べて、アメリカで作曲されたこともあってか、少し郷土色が減っていますが、それでも第2楽章を中心にあちこちに郷愁が漂う作品です。
 しかし、メンゲルベルクの演奏からは、その郷愁がほとんど感じられません。
 ではメロディーをあっさりと流しているのかといえば、そうではありません。むしろ、思いっきり感情を込めて力の限り歌いきっています。
 第2楽章の「家路」で有名なあのメロディーに至っては、テンポを大きく揺らし、ビブラートはたっぷり、おまけにあちこちにポルタメントまで加えているぐらいです。
 そこまでやって、なぜ郷愁が感じられないかというと、郷愁に欠かせない淋しさ、つまり弱い部分がほとんどないからなのです。
 メンゲルベルクの歌わせ方は、「家路」のメロディーにしても「これでどうだ!」と胸を張っているみたいに自信タップリで、まあ、ビブラートやポルタメントを入れてもあまり悪趣味にならない点はさすがとは思いますが、後ろを振り返ったりとか、逃避したりといった「陰」の面がほとんどなく、前途に希望が満ち溢れているような輝く雰囲気なのです。これでは故郷を懐かしがる気持ちと無縁なのも当然でしょう。
 しかし、この演奏は、そもそも郷愁を目当てに聴く演奏ではないのです。それよりもメンゲルベルクが「新世界より」を全力で歌いこんだらどうなるのか、という点が聴き所です(笑)
 第2楽章は、上記にも書いた通り、テンポをしきりに動かしながらこれでもかとばかりに表情を付けて歌いきっていますし、冒頭の数少ないチューバの出番である金管の和音も、そのチューバを強調してピアノのくせに分厚い堂々とした響きにしています。もう、故郷を懐かしむというより、ほとんど凱旋気分といった感じです。
 第1・3・4楽章のような速いテンポの音楽は、一部メロディーの流れによってはテンポを緩めたりすることはあるものの、ほぼ一定のテンポを保って、硬く直線的に演奏しています。
 そのキレ良く真っ直ぐに突き進む様子は、ほとんどベートーヴェンの演奏に近く、第1・4楽章のフォルテで激しくなる辺りは「この曲は第5番ハ短調か」と思わせるぐらい異常に高い緊張感で、アタックを強く叩きつけながら進んでいきます。
 第2楽章以外の三つの楽章の中で、一つ異質なのが、第3楽章。中でも主部の第2主題です。
 ここは、暗く緊張感のある第1主題とは対照的に、木管の明るくのーんびりとしたメロディーの部分ですが、メンゲルベルクは、他の部分でテンポを一定に保っていたのの反動かのように、テンポを激しく伸び縮みさせています。
 その動かし方は第2楽章以上で、ほとんど一小節毎にテンポは変わるわ、メロディーの最後では音楽が止まりそうなぐらい極端にテンポを後ろに引っ張るわで、とてものんびりといった雰囲気ではありません。
 明るいのは明るいのですがスピード感は全く無く、巨大な恐竜のように重く、渾身の力で後ろに引っ張って歌わせています。
 第2楽章はまだしも、この部分をここまで激しく伸び縮みさせた演奏というのは初めて見ました。
 力が入っているといえば、第4楽章のシンバルもそうで、このシンバルは全曲中たった一つしか音が無く、しかもその音は楽譜上こそメゾフォルテですが、たいていはかなり弱くするため、録音によってはほとんど聞こえなかったり、演奏会では演奏者が弱く弱くと思うあまり緊張して上手く入れずに結局全曲中一回も音を出さずに終わったりすることもあるという、いわくつき(?)の音ですが、この演奏では、録音の関係もあるのでしょうが、フォルテの間違いだろうと思わせるぐらい盛大に入っています。これだったら演奏者も臆することなく安心して叩けたことでしょう(笑)
 なんにせよ、郷愁を排してこれでもかとばかりに力強く歌いまくっているという、数多くある「新世界より」の演奏の中でも面白い演奏の一つに数えられると思います。(2004/11/13)


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