A.ドヴォルジャーク 交響曲第9番 ホ短調 <新世界より>

指揮ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
演奏全同盟ラジオ・テレビジョン大交響楽団
録音1973年4月22日
カップリングシューベルト 交響曲第8番<未完成>
発売YEDANG
CD番号YCC-0013


このCDを聴いた感想です。


 金属臭プンプンたる演奏です。
 メタリックな響きの演奏と言っても良いかもしれません。
 金管は言うに及ばず、木管、弦楽器に至るまで、音が鋭く硬く金属的な音色なのです。
 弦楽器なんてギリギリと軋むような音色で、第4楽章の冒頭のフォルティッシモのユニゾンなんかは、まるでワイヤーロープかなにかのような、太くて、押してもビクともしない硬い音で弾いています。
 木管楽器も、音のスピードが速いという点だけは一般受けしそうなのですが、常に突き刺すような鋭さがあり、暖かい音色を求める人にとっては到底受け入れられそうにない、刃物のようなギラッとした鈍い輝きと冷たさが感じられます。
 ましてや金管に至っては、ロシア以外ではとても許されないだろうという、独特の吹き方です。
 特にトランペットやトロンボーンは、ビリビリ来るような金属的な鋭い音で、短い音符がフォルティッシモで出てくるようなところの音なんて、バチンと叩きつけるような音で、ほとんど爆発音かと思えて来るほどです。
 逆に長い音で伸ばしている時も、『調和』なんていう言葉はどこかに忘れて来たかのように、それぞれの楽器が圧倒的な存在感を出して、聴く者を威圧しています。
 一方、ホルンなんかは、トランペット等に較べるとだいぶ柔らかいのですが、こっちはこっちでビブラートをたっぷり利かせた何とも妖しげな音色で、トランペットとは別の方向で存在感をたっぷりとアピールしています。
 そのため、第2楽章の冒頭の和音が連なっていくコラール風の部分では、単純に和音が移り変わっていくだけの本来なら心安らかな音楽の筈なのに、まるで沼か何かのような異常にドロドロとした澱みがあり、心安らかどころか逆に幽霊か何かでも出そうな雰囲気で、正常な人は近寄ってはいけないような妖しさに充ちています。

 この金属的な響きに加え、ピアノからフォルテのダイナミクスも大げさといって良いほど広く取られています。
 これは、ロジェストヴェンスキーの統率力の高さの証拠でもあるのですが、音色が溶け合っていないからといって、各奏者は決して勝手気ままに演奏している訳ではなく、音楽の方向性としては、ちゃんと同じ音楽を目指していて、フォルテでは全員が大きくなり(もちろん、細かくはメロディーか伴奏かによって少しずつダイナミクスは変えてあります)、ピアノではキチンと全員が小さくなっているため、結果として全体としてのダイナミクスに大きな落差をつけることができているのです。

 よく、『内面的な演奏』とか『外面的な演奏』とかいう形容の仕方がありますが、そういう見方からすれば、この演奏は差し詰め『究極に外面的な演奏』と言えるかもしれません。
 で、この『外面的な演奏』は、『内面的な演奏』に較べ、とかく『効果ばかり狙って内容が無い』と非難の対象になっています。
 でも、わたしは、この演奏に関しては、精神性があろうと無かろうとどっちでもいいのです。
 もちろん、わたしも『内面的に充実した演奏』も高く評価しないわけではありませんが、この演奏の場合は、わたしにとっては、内面の充実よりも、外面の効果の方が評価の対象なのです。
 上記につらつらと書いてきた金属的な響きや大げさなダイナミクスが一番の魅力で、楽しみでもあります。
 いや、実際、これほど面白い演奏というのは、なかなかお目にかかれないと思いますよ。
 こういった外面的な演奏は、ロジェストヴェンスキーが得意(?)にしていて、わたしも、CDショップなんかでロジェストヴェンスキーのCDを見かけると、こういう演奏を期待して、つい見境無く買い漁ってしまうようになってしまいました(笑)(2002/8/9)


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