A.ブルックナー 交響曲第9番 ニ短調

指揮フェルディナント・ライトナー
演奏シュトゥットガルト放送交響楽団
録音1983年11月14日
発売hänssler
CD番号CD 93.052


このCDを聴いた感想です。


 ブルックナーというと、ついつい響きの良し悪しを重視して聴いてしまいますが、この演奏は、響きよりもまず流れの良さに惹かれました。
 一つのフレーズが終わり次のフレーズに移っていく、その流れがとても自然で、聴いていると知らず知らずのうちにどっぷりとブルックナーの世界に浸っていることに気がついているぐらいです。
 そのフレーズ自体の扱いもいろいろ工夫されています。
 なかでも、感心したのがテンポの変化です。
 ブルックナーの演奏の場合、ゴチャゴチャしたテンポ変化は曲の魅力を損なうだけで、どっしりと構えるべし、という話をよく聞きます。たしかに頻繁にテンポを動かすとどうしてもスケールが小さくなってしまうため、なるべく大河のように一定のテンポで進める方が良いというのは分からない話ではありません。
 といっても、実は楽譜上には意外とテンポ変化の指示が頻繁に登場します(テンポ変化の指示は稿による違いが大きいのですが、参照しているのは音楽之友社から出ているノヴァーク第2稿のものです)。もっとも、テンポ変化の指示があるのは、ほとんどはフレーズの変わり目で、テンポをだんだん遅くするか、逆にテンポをどんどん速くして、テンポの異なる次のフレーズを際立たせるためのものです。
 ライトナーのテンポ変化は、指示があるところは当然として、指示が無い、フレーズの途中にもついています。
 その変化は、たいてい遅くしていて、メロディーに粘りを出したり、微妙なタメを生み出しています。極端な場合、第1楽章の第153小節からのオーボエのソロなどように、ほとんど音楽が止まりそうになるぐらいかなり引っ張ることすらありますが、この粘りとタメが、メロディーに豊かな潤いを与えているのです。サラッと流れるのではなく、じっくりとした味わいが感じられます。
 しかも、ブルックナーでは避けるべきのテンポ変化をしていながら、流れは十分に自然なのです。聴いていてクドイと感じることは無く、音楽は常に前に進んでいくように聞こえます。
 これはおそらく、そのテンポ変化が、フレーズの動きを無視した強引なものではなく、あくまでもフレーズの動きにあわせ、もともと歌う時に生じる微妙なテンポの変化をより大きく拡大したということなのでしょう。そのため無理が無いのです。
 さらに、響きもブルックナーに合っているということもあると思います。
 といっても、各楽器の音色がよく溶け合った柔らかい響きではありません。むしろ各楽器の音色をストレートに出し、金管などはアタックも強めのかなり硬い音です。
 録音もあるのかもしれませんが、わたしがイメージするシュトゥットガルト放送響のよく整った響きとは少し異なり、より生々しく聞こえてきました。
 ただ、その分、ここ一番の力強さと、メロディーなどの表情はよりよく伝わってきました。
 また、第2楽章の第42小節の全合奏の部分などが良い例で、かなり低音が厚く、響きがどっしりと安定しています。こういったところもブルックナーに良く合っていて、考えてみると、この安定感もテンポ変化の大きさの割りに落ち着いて聞こえる大きな要因になっているのでしょう。(2010/9/4)


サイトのTopへ戻る