A.ブルックナー 交響曲第8番 ハ短調
(ノヴァーク版)

指揮ズービン・メータ
演奏ロサンジェルス・フィルハーモニック管弦楽団
録音1974年4月
カップリングバーンスタイン 歌劇「キャンディード」序曲 他
「ZUBIN MEHTA - A SEVENTIETH BIRTHDAY TRIBUTE」の一部
発売UNIVERSAL(DECCA)
CD番号475 7470


このCDを聴いた感想です。


 ブルックナーでこれほど人間くささが表に出た演奏はめったに無いのではないでしょうか。
 良くも悪くも癖の強い演奏です。
 特に第3楽章には驚かされました。
 情熱を思いっきり前面に出し、一音一音に至るまで、力を尽くして歌いこんでいます。
 テンポはかなり遅めですが、他の遅いテンポの演奏が悠々とした足取りでスケール大きく音楽を進めていくのとは全く異なり、細部にこだわり、じっくりとなめるように進んでいきます。
 強弱のダイナミクスも細かく動く上に、その最大と最小の幅もかなり広いため、メロディーの表情は当然のように濃厚です。なんだかオペラのアリアでも聴いているような気になってきます。
 さらに最も衝撃的だったのがテンポの変化です。
 途中、冒頭のメロディーが戻って来るときに、その前でそれまでの音楽が一段落しますが、そこで、思いっきりテンポを落としています。もとから遅い上にそのテンポからさらに引っ張り、しかもひたすら弱くなっていくところですから、最後の方は、もう今にも倒れそうで、そこで音楽が止まってしまうのではないかとハラハラしてしまうほどです。
 逆に、楽譜上にテンポを速めるaccelの指示があるところや、終盤のシンバルが登場する前辺りの加速は、これはもう異常な域まで達しています。
 他の演奏で予想されるテンポをあっという間に追い越し、さらなる速さへと限界を超えて突っ走っていきます。
 テンポが速くなるとともに、緊張感も一気に高まり、まさに爆発的と言っても良いぐらい劇的に盛り上がります。
 しかも、この演奏のすごいところは、これだけ人為的に音楽を動かしながら、そこに格好をつけたようなわざとらしさが無いところなのです。
 たしかに、テンポやダイナミクスは頻繁に動きますが、面白く聞かせようとか表現に凝ってみようなどといった効果を考えての変化には聞こえません。内からの感情が、そこはどうしても強く言いたい、あるいはひたすら内にこもりたい、などと命じ、それに正直に従うと、それだけの大きなテンポの変化になったというように、初めにテンポ変化ありきではなく、思いを余すところ無く表現した結果としてそのテンポになったように感じられました。つまりどんなに極端なテンポでも表現するためにはそのテンポでなければならず、テンポ変化に説得力があるのです。
 ブルックナーの演奏というと、理想は自然な演奏で、細かく色々いじるのは魅力を損ねるだけである、とずっと思っていました。
 しかし、こういう演奏を聴くと、ブルックナーというのは、自然な演奏でないと魅力を発揮できない間口の狭い音楽ではなく、全く正反対と思える演奏でも十分に真価を発揮できる、懐の深い音楽なんだなと改めて見直しました。(2007/10/6)


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