A.ブルックナー 交響曲第5番 変ロ長調

指揮オイゲン・ヨッフム
演奏アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音1964年5月30・31日
発売PHILIPS
CD番号426 107-2


このCDを聴いた感想です。


 1959年のヴァン・ベイヌム急逝の後、ヨッフムはコンセルトヘボウ管の二人の常任指揮者の一人として、もう一人の若いハイティンクを補佐する一方、コンセルトヘボウ管との録音も多く残しています。
 その中にはベートーヴェン交響曲全集やバッハのマタイ受難曲などありますが、もっとも有名な一つが、このブルックナーの第5番でしょう。
 ヨッフムはブルックナーを得意としただけあって、二種類の全集を始め、第5番のみの演奏でも同じコンセルトヘボウ管と80年代のライブなど、わたしの知っているだけでも4種類以上ありますが、テンポや響きといった点でわたしはこの演奏が最も好きです。
 実のところ、ライブという事もあるのでしょうが、アンサンブルや和音の合う合わないという点ではコンセルトヘボウ管にしては今一つだと思います。
 縦の線が崩れている部分があちこちにありますし、響きもピッタリと合った純粋な響きではなく濁って聞こえる点もそこかしこに見られます。
 しかし、なおその点を差し引いても十分補えるほどの魅力があります。
 まず、最も大きいのが「間」です。
 ブルックナーの音楽というのは、みなさんもご存知の通りちょっと特殊で、ゴチャゴチャと演奏した後、急にパタッと止んで完全に空白になり、次に前とは全く違う音楽が始まるというパターンが数多く出てきます。
 ヨッフムは、この空白のタイミングが実にちょうど良いのです。
 この空白が短すぎると妙に寸詰まりですし、長すぎると間延びします。
 空白の直前までのウワーッと全合奏で鳴っている時、緊張感で息が止まりますが、空白になった瞬間も急には緊張感は抜けません。それが一瞬後に力が抜けてホッと息を吐き、次に向けて息を吸い込みまた緊張感が高まったところで次の音楽が入ってきます。ヨッフムの空白のとり方はまさにこういう自然な流れに沿っています。
 この空白前の全合奏では、次第にテンポを速めてより劇的に盛り上げることもあり、こういう点も非常に迫力があって良いと思うのですが、ヨッフム自身はそういうやり方が好きではないようで後年の演奏ではどうも抑え気味にしているようです。
 そして、タイミングと共にこの演奏のもう一つの魅力は真っ直ぐに伸びる力強い音です。
 これはメロディーの歌わせ方も同じです。
 第1楽章の冒頭や第4楽章の弦楽器でザクザクと刻むように始まるメロディーのように、もともと朗々と歌わせるようなタイプのメロディーではないというのもありますが、どのメロディーも真っ直ぐ前を見つめて突き進んでいくような意志の強さを感じさせます。
 さらに、たびたび登場する金管のコラールも、低音を中心にグッと突き出すような力強さがあり、ピタッと揃った純粋な美しい響きでは無いものの、いや逆に美しい響きからは得られない、雄々しい迫力に溢れています。
 オーケストラのコンセルトヘボウ管も、アンサンブルという点では少々どうかと思いましたが、力強く真っ直ぐな音という点では、最後まで力尽きることなく、最初から最後まで高い水準を保っています。
 この真っ直ぐな音というのはなかなかポイントで、単に力強い音では乱暴で荒れた音楽になりかねないところを上手く治め、静かな部分では落ち着き、フォルテの部分では力強いのに意外なほどよくまとまり、潰れず厚みのある大きな響きをつくっています。
 また、会場が残響の多い教会(修道院?)ということも響きにより厚みをつけています。
 こういう残響の多い会場というのは結構良し悪しで、上手く行けばよいのですが、場合によっては前の音が次の音に被って聞こえてしまい、ゴチャゴチャになることも少なくありません。たしかヴァントもそれを嫌って、全集の中で教会で録音された第8・9番だけは後で録り直したはずです。
 幸い、この演奏では響きすぎることなく、逆に良い効果となっています。
 ヨッフムは、この演奏を最後ぐらいに常任指揮者を退き、ハイティンクに後を任せるのですが、ヴァン・ベイヌムが急にいなくなり危機に瀕したコンセルトヘボウ管にとって、ハイティンクが独り立ちするまでの間オーケストラを支えたヨッフムの存在は非常に大きく、常任だった期間はたった5年間に過ぎませんが、十分に実り多い5年間ではなかったかと思います。(2004/9/25)


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